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悠が異世界に足を踏み入れてから三年。彼の人生は劇的に変わった。魔拳使いとしての技術を磨き続け、かつての無力な自分はもうどこにもいなかった。その成長ぶりはシアさえも認めるところであり、時折の訓練では互角の勝負を繰り広げるまでになっていた。
ある日の夕暮れ時、訓練を終えた悠とシアはロッジ前の広場で肩を並べて座っていた。二人の間に流れる空気は穏やかだったが、シアの瞳にはどこか思案の色が浮かんでいた。
「悠、次の修行で最後にしましょう。」
シアが口を開いた。
悠は彼女を見やり、驚いた表情を浮かべた。
「最後って……どういう意味だ?」
「あなたはもう、私の教えられることをほとんど習得したわ。」
シアは静かに笑みを浮かべた。
「これ以上は、あなた自身の力で限界を超えるしかない。だから、修行の総仕上げとして一つ試練を与えたいの。」
「試練……か。」
悠は小さく息を吐き、真剣な表情になった。
「それで、何をすればいい?」
シアは遠くを見つめるように視線を送った。
「東の山脈に向かいなさい。そこには竜種が棲んでいるわ。討伐するのが目的だけど、それだけじゃない。その道中、あなたの力を試すにふさわしいあらゆる試練が待っているはず。」
「竜種……!」
悠は眉をひそめた。
「それって本当に俺が倒せる相手なのか?」
悠の心配は至極当然だった。この山脈に棲む竜種は、ワイバーンやドラゴンなどの亜種などではない。純粋な竜――その存在自体が伝説に語られる、最強の生物の一つ。悠はこれまで様々な魔物を倒してきたが、竜種は次元が違う。圧倒的な力と知恵を持つその存在は、彼にとって未知であり、全身の毛穴が緊張で開くような感覚を覚えさせる。
「あなたならやれる。」
シアの声には確信が込められていた。
「ただし、気を抜かないこと。竜種は知恵も力も持ち合わせた生物。簡単に勝てる相手ではないわ。それに、東の山脈への道のり自体が過酷よ。往復で一ヶ月はかかるでしょう。」
悠はしばらく黙り込んだ。東の山脈――険しい地形と厳しい気候で知られるその場所は、これまで彼が経験したどんな訓練よりも苛烈な挑戦になるだろう。しかし、恐れはなかった。むしろ、その困難さが自分をさらに成長させると確信できた。
「わかった。」
悠は深く息を吸い込み、力強く頷いた。
「行くよ。必ず竜種を討伐して戻ってくる。」
シアは微笑み、軽く肩を叩いた。
「その意気よ。準備を整えてから出発しなさい。無理をしてはいけないけど、限界を見極めることも忘れないで。」
数日間の準備を経て、悠は東の山脈へ向けて旅立った。背には最低限の食料と装備、腰には魔力を流し込むことで特別な力を発揮する魔法剣が下げられている。過酷な道のりになることは間違いなかったが、悠の足取りは軽かった。
森を抜けた先の荒野では、冷たい風が彼の頬を打ち、夜には星明かりだけが彼の道標となった。途中で魔物に遭遇することもあったが、悠にとってはもはや敵ではなかった。魔拳をまとった拳を振るうたび、魔物は一撃で地に伏す。
「まだまだだな……これくらいじゃ。」
悠は息を整えながら呟いた。三年前の自分ならば命を奪われていたかもしれない相手に、今では余裕すら感じていた。
やがて山脈の麓にたどり着くと、その厳しさが全身にのしかかってきた。鋭く切り立つ岩肌、足元を掬うような雪と氷。空気は薄く、寒さは容赦なく肌を刺す。
「ここからが本番か。」
悠は自分を奮い立たせ、山道を登り始めた。