表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/33

1-6

 一年が過ぎようとしていた。悠が異世界で目覚め、シアのもとで生活を始めてから、彼の人生は大きく変わった。過去のブラック企業での生活からは想像もつかない充実感と、確かな成長を感じる日々だった。


その朝も、いつものように訓練が始まった。ロッジの前に広がる空き地は、彼とシアの格闘訓練の場だ。悠は額に汗を浮かべながら拳を構え、目の前に立つシアを睨みつける。


「さあ、来なさい。」


シアは魔力で自身を覆いながら挑発的に微笑んだ。


悠は一瞬だけ息を整え、地面を蹴り上げて彼女に突進した。全身に流れる魔力を集中させ、拳に風の属性をまとわせる。その拳を振り抜こうとした瞬間、シアは軽々と後ろに飛び退き、悠の攻撃を躱した。


「まだ甘いわね。魔力を力任せに使いすぎている。」


シアは指摘する。


「くそっ、どうすればいいんだ……!」


悠は立ち止まり、悔しそうに拳を握った。


「魔拳使いの本質を思い出して。」


シアは静かな声で続ける。


「魔術はただの武器じゃない。それはあなた自身の一部であり、自然の流れに寄り添うものよ。」


悠は息を整え、彼女の言葉を思い返した。この一年間、シアが教えてくれたことのすべてが頭をよぎる。魔術は力を宿すものでありながら、それを制御し、心と体と一体化させることで初めて真価を発揮する――それが魔拳使いの本質だった。


「よし……もう一度。」


悠は再び構えを取り直した。今回は焦らず、体の内側で魔力を感じ取り、それを拳へと緩やかに流し込む。今度は風の属性だけでなく、火と大地の魔力もわずかに組み合わせてみた。拳が自然と熱を帯び、地面を踏みしめる足に力強さが宿る。


「いいわ、その調子よ。」


シアが満足そうに頷く。


悠は再び地面を蹴り、今度は確実にシアの間合いに飛び込んだ。拳を振り下ろすと同時に、彼の周囲に風が渦巻き、炎の熱が追い風となって加速する。拳がシアの防御魔法に衝突し、衝撃波が周囲に広がった。


「……やったか?」


悠は荒い息をつきながら拳を引いた。


「悪くないわ。」


シアは防御の魔法陣を解き、悠に向き直った。


「ようやく魔拳使いらしい動きになってきたわね。でも、まだまだ完璧には程遠い。」


「そりゃそうだろ。」


悠は苦笑しながら肩をすくめた。


「でも、一年前の俺じゃこんなこと想像もできなかった。」


彼は拳を見つめながら、異世界に来たばかりの頃を思い返す。無力感に苛まれ、ただこの世界に迷い込んだだけの存在だった自分。それが今では、かつて滅びたと言われる魔拳使いとしての道を歩み始めている。


「悠、あなたには特別な資質がある。」


シアが近づき、真剣な眼差しで語りかけた。


「全属性を使いこなせるだけでなく、その適応力と鍛錬への姿勢……いずれ私を超える存在になるでしょう。」


「……俺が、シアを?」


悠は信じられないという顔で彼女を見た。


「ええ。それに、魔拳使いという流派そのものがこの世界ではもう失われたものと考えられている。」


シアは視線を遠くへ向けた。


「この100年、魔術師たちが世界を支配してきた。けれど、魔拳使いが再び姿を現せば、世界の力の均衡は変わるかもしれない。」


悠は彼女の言葉の重みを感じ取りながら、小さく息を吐いた。


「俺にそんな大それたことができるかどうかわからない。でも……」


拳を握りしめ、彼は決意を新たにする。


「この力を使って、俺自身が変わり続けることはできるはずだ。だから、もっと教えてくれ、シア。俺はまだまだ強くなりたい。」


シアは微笑みながら頷いた。


「その意気よ。けれど、これからは今まで以上に厳しくなるわよ。」


「望むところだ。」


悠の目は力強さに満ちていた。


こうして、彼の修行の日々はさらに深まる。滅びたと言われる魔拳使いとしての力を習得しながら、悠の第二の人生は確実に成長の道を歩んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ