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翌朝、悠は木漏れ日が差し込む柔らかな光と、どこか懐かしい香ばしい匂いに目を覚ました。彼は目をこすりながら周囲を見回し、昨夜の出来事を思い出す。ここはシアの家。異世界に来て初めて感じた、わずかな安らぎの場所だった。
「おはよう、悠。」
振り返ると、シアがキッチンのようなスペースに立っていた。彼女の手には木製の皿があり、その上には湯気を立てるスープと焼きたてのパンが載せられている。
「おはよう。……なんかすごくいい匂いがするな。」
悠はソファーから体を起こし、シアが差し出した皿を受け取った。
「簡単なものだけど、栄養はあるわよ。食べながら、少し話しましょう。」
シアは自分の分を持って隣の椅子に腰掛けた。
スープを一口すすると、優しい味が口の中に広がる。悠はしばらく食事に集中していたが、ふと思いついたように口を開いた。
「そういえば、シア。なんでこんな森の奥で一人で暮らしてるんだ?」
彼の問いに、シアは一瞬だけ手を止めた。そして少し困ったように笑うと、
「それは……色々と理由があるの。」
とだけ答えた。
「色々って?」
悠がさらに聞き返そうとするが、シアは軽く首を振った。
「今はその話より、あなたのことを話したほうがいいわ。」
その言葉に悠は納得するしかなかった。彼は黙ってスープを飲み干し、皿をテーブルに置く。
食事が終わると、シアは少し真剣な表情になり、話を切り出した。
「まず、一つ目のことを教えるわ。悠、あなたの年齢について。魔術の訓練はその特性上年齢が若い方が向上させやすいの。」
「年齢?」
悠は思わず首をかしげた。
「俺は元の世界では30歳を過ぎてたけど……それが何か?」
「それがね、この世界ではあなた、ヒューマン種でいうところの15歳程度の肉体年齢に見えるのよ。見た目通りなら、問題なく魔術の訓練の効果を得られるはずよ。」
シアは真っ直ぐな瞳で彼を見つめた。
「……本当か?」
悠は自分の手を見る。確かに軽さや疲れの回復の早さを感じてはいたが、年齢が変わっているとは思いもしなかった。
「異世界から来た影響なのか、あなたの体は若返り、すべてが再構築されたのかもしれないわ。」
シアは続けた。
「ただ、それだけじゃないの。もっと大事なことがある。」
「大事なこと?」悠は少し緊張しながら聞き返した。
「あなたの魔力よ。」
シアの声は静かだったが、その響きには確かな重みがあった。
「あなたから溢れ出る魔力は、この世界の基準では異常と言っていいほど多い。エルフの中でも一握りの魔術師が持つような魔力量を、あなたは制御すらせずに垂れ流しているの。」
悠は息を呑んだ。魔力という概念すらこの世界に来て初めて知った自分が、それほどの力を持っているとは思いもしなかった。
「そのままだと、魔力が暴走してあなた自身を傷つける可能性があるわ。」
シアは厳しい口調で言った。
「だからまず、魔力を制御する基礎を叩き込む必要があるの。」
悠は頷いた。
「確かに、そうしないと危険だな……。」
「それともう一つ。あなたには、魔拳使いの素質がある。」
「魔拳使い?」
悠は聞き慣れない言葉に眉を上げた。
「格闘術と魔力を組み合わせた戦闘スタイルよ。この世界では数少ない技術で、私もその一人。そして、あなたもその資質を持っている。」
シアは指を振り、空中に魔法陣を描いて見せた。
悠はその光景に目を見張りながらも、胸の中に小さな興奮が芽生えるのを感じた。
「教えてくれるのか?」
悠は強い意志を込めて尋ねた。
「もちろん。ただし、覚悟して。これからの日々は厳しくなるわよ。」
シアは微笑みながら答えた。
悠は深く息を吸い込み、拳を握った。
「わかった。俺はやる。第二の人生を、ここで全力で生きるよ。」
こうして、悠の新たな修行の日々が幕を開けた。