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森を歩くこと約30分。シアに案内されながら、悠は疲れた足を引きずって進んでいた。鬱蒼とした木々の間を抜けると、小さく開けた空間に出た。そこには、木材と石で作られたロッジハウスが建っていた。見た目は質素だが、どこか温かみを感じさせる佇まいだ。
「ここが私の住処よ。まずは中で休みましょう。」
シアが振り返り、穏やかに微笑む。
「助かるよ……。」
悠は息を整えながらその場に立ち尽くした。異世界に来てからというもの、驚きと不安の連続だったが、この瞬間だけは少し安堵を覚えた。
扉を開けて中に入ると、木の香りが漂い、質素ながら整えられた空間が広がっていた。中央には大きな暖炉があり、その周囲に木製のテーブルや椅子が配置されている。シアは手際よく暖炉に火を灯し、蝋燭にも火をつけた。部屋全体が柔らかな光に包まれる。
「座って。」
シアが椅子を指し示すと、悠はその指示に従い、ゆっくりと腰を下ろした。体の疲れが一気に押し寄せる。
「お茶でも出したいところだけど……あいにく、今は準備がないの。」
シアは軽く肩をすくめた。
「でも、話すことはたくさんあるわ。」
彼女は椅子に腰掛けると、真剣な眼差しで悠を見つめた。
「悠、この世界で生き延びたいと思うなら、覚悟が必要よ。」
彼女の声には厳しさが混じっていた。
「あなたは異世界から迷い込んできた。言い方は悪いけれど、この世界での常識は何一つ持っていないわ。」
「それは……わかってる。でも、どうすればいいかもわからない。」
悠は少し俯きながら答えた。
「俺、こっちに来たばかりで、何も……。」
「だからこそ、教えるわ。」
シアは指を軽く振り、悠の言葉を遮った。
「この世界の基本を。そして、生き延びるための術を。」
「術……?」
悠は眉をひそめた。
「魔力を扱う方法、敵と戦う技術、そして自然の中で生き抜く知識。すべて、あなたに必要なものよ。」
シアは真っ直ぐな目で悠を見つめた。
「ただし、覚悟して。これは簡単なことではないわ。」
悠は拳を握りしめた。ブラック企業での過酷な日々を思い返す。疲弊しきった生活の果てに、彼は新しい人生を求めてこの世界に来たのだ。このまま無力なままでは、過去の自分と何も変わらない。
「教えてくれ。」
悠は力強く言葉を発した。
「俺、この世界で変わりたい。もうあんな無力な自分には戻りたくないんだ。」
シアは頷き、少しだけ微笑んだ。
「いいわ。明日から修行を始めましょう。まずはあなたの魔力の特性を見極めるところからね。」
悠はその言葉に安堵しつつも、新しい緊張感が胸を満たすのを感じた。ここから始まるのは、これまで経験したことのない厳しい日々だ。それでも、彼は逃げるつもりはなかった。
「今夜は休みなさい。そこにソファーがあるから。」
シアは部屋の隅を指差した。
「あなたにはまず、体力を回復させる必要があるわ。」
悠は頷き、ソファーに向かった。少し硬いが横になると、驚くほどの疲労感が全身を襲った。目を閉じると、森の冷たい空気とは対照的に部屋の温もりが心地よく感じられた。
「……ここが俺の新しいスタートか。」
静かに呟くと、意識は深い眠りへと沈んでいった。