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ウルクは魔力を練り直しながら、目の前にある不気味に光る秘宝を見据えていた。その輝きは周囲を覆う闇をさらに濃くし、視線を向けるだけで心を蝕むような不快感を覚えた。
「くっ……!」
彼女は小さく呻き、杖を握りしめた。
渾身の魔法を放ったが、その力は秘宝に届くことなく霧散してしまった。秘宝を守る見えないバリアが、彼女の攻撃を完全に無力化していた。
「ウルク……」
弱々しい声が背後から聞こえた。
振り返ると、床に横たわる父ガルフォード辺境伯が、力なく手を伸ばしていた。その顔には深い疲労と後悔が刻まれていた。
「父上……どういうことですか?」
「……奴に操られていたようだ……すまない、私のせいだ……!」
ガルフォードの言葉は途切れがちだったが、確かに真実を伝えようとしていた。
ウルクは驚きと困惑を隠せなかった。しかし、それ以上の疑問を口にする余裕はなかった。彼女は再び秘宝に向き直り、魔力を高め始めた。
秘宝のそばに立つ執事が、冷たい笑みを浮かべた。
「お嬢様、この秘宝の力をご理解いただけないのですか? これさえあれば、この地はさらなる繁栄を迎えるのですよ。」
「繁栄? そのために、街や人々を危険にさらすというの?」
「必要な犠牲というものです。」
執事は肩をすくめ、何事もないように言った。
ウルクの怒りが頂点に達した。
「そんなもの、繁栄でも何でもない!」
彼女は光魔法を最大限に高め、一気に放った。光の奔流が秘宝に向かうが、再びバリアに阻まれ霧散する。
「くそっ……!」
ウルクは悔しさを噛みしめた。
その時、再び父ガルフォードの声が響いた。
「ウルク……私が援護する……お前は……秘宝を破壊しろ……」
「父上、動けるのですか?」
「多少の魔力はまだ残っている。お前の力を信じている……!」
その言葉にウルクの胸が熱くなった。子供の頃から父とほとんど会話らしい会話を交わさなかった彼女にとって、今の言葉は初めて父親としての愛情を感じさせるものだった。
「分かりました……やりましょう、父上!」
ウルクは決意を固め、再び魔力を練り始めた。
ガルフォードはバルトンの注意を引くべく、炎の魔法を放った。バルトンはその攻撃を防ぐために動き、秘宝への集中を一瞬乱された。その隙を見逃さず、ウルクは渾身の光魔法を秘宝に叩き込んだ。
秘宝は激しい光と共に砕け散った。その瞬間、辺りを覆っていた瘴気が消え、室内にあった不快な空気も晴れていった。
バルトンは膝をつき、その場に崩れ落ちた。
「くっ……これが……人間種の力ですか……」
ウルクは杖を下ろし、荒い息をつきながら執事を見下ろした。
「これで終わりよ。あなたには罪を償ってもらうわ。」
バルトンは何も答えず、そのまま意識を失った。
同じ頃、街道で悠と戦っていたキマイラも、突如として動きを止めた。その巨大な体が崩れ落ち、霧のように消えていく。
「ウルク、やったのか……!」
悠は疲れ切った体を支えながら、ホッと息をついた。
しばらくしてウルクが現場に戻ると、悠は彼女に微笑みかけた。
「おかえり。無事だったか?」
「ええ、なんとかね。」
ウルクは少し照れくさそうに答えた。
「秘宝は?」
「壊したわ。全部終わった……父上も協力してくれたの。」
「そうか。」
悠は頷いた。
「じゃあ、これで一旦は安全だな。」