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「……これが、異世界ってやつか。」
半信半疑だった自分を戒めるように、悠は拳を握りしめた。肌を撫でる風の冷たさや土の匂いが、これが夢ではないことを示している。
「とにかく、水を見つけないと。」
悠はその場を後にし、森の中を歩き始めた。喉が渇き、体がだるさを訴えている。頭では新しい人生への期待を抱きながらも、現実の厳しさが徐々に彼を追い詰めていた。
歩き始めて10分ほど経った頃、背後の茂みが不自然に揺れた。何かがいる――そう直感するより早く、悠の背筋を凍らせる唸り声が響いた。振り返ると、そこには見たこともない獰猛なモンスターが立っていた。
四本の足に鋭い爪、筋肉質な体躯に覆われた黒い毛皮。目は真紅に光り、牙をむき出しにして悠を狙っている。
「な、なんだよあれ……!」
悠は思わず後ずさったが、モンスターは一瞬の間を置いて飛びかかってきた。辛うじて身を投げ出し、爪の一撃を避けるが、次の攻撃がすぐに迫る。
「やばい……!」
間一髪、地面を転がって避けたが、左腕に鋭い痛みが走った。血がじわりと滲み、視界が揺れる。
「くそっ、こんなところで……終わるのか……?」
息を切らしながら地面に這いつくばる悠。モンスターが止めを刺そうと牙を振り上げたその瞬間、突如として森の中に風が巻き起こった。
「――消えなさい。」
冷たい声が響いたと同時に、モンスターの体が風の刃に包み込まれた。断末魔の叫びを上げながら、モンスターはあっけなく地面に倒れ込む。
悠は目を見開きながら、風が吹き抜けた方向を振り返った。そこには、青銀色の髪が風に揺れる妙齢の女性が立っていた。長いローブをまとい、鋭い瞳が悠を見据え、まるで状況を見通しているかのようだった。
「あなた、ここで何をしているの?」
彼女が静かに問いかける。
「俺は……」
悠は痛む腕を押さえながら答えた。
「異世界に来たばかりで……何が何だか分からない。」
女性は一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに柔らかな笑みに変わった。
「異世界の迷い人……珍しいわね。でも、このまま放っておくわけにはいかないわ。あなた、ここで生き延びられるとは思えないもの。」
悠はその言葉に反論できず、ただうなだれるしかなかった。
「まずはその傷を癒さないと。」
彼女は悠に近づき、手をかざした。青白い光が杖から放たれ、悠の腕を包み込む。傷口がみるみるうちに塞がれていくのを見て、彼は驚きを隠せなかった。
「すごい……!」
「これくらい、当然よ。」
彼女は微笑みながら答えた。
「私はシア。この森に住む者よ。あなたも生き延びたいなら、私についてきなさい。」
「俺は……、悠だ。」
悠はシアに手を引かれるまま立ち上がり、決意を新たにする。新しい人生の最初の試練を乗り越えた彼は、異世界での次の一歩を踏み出そうとしていた。