2-8
翌朝、悠とウルクは遺跡の調査に向けた準備を整え、街を出発した。ギルドが用意していた馬車は、頑丈な造りながらも揺れが少なく、長旅にも耐えられるものだった。二人は荷物を積み込み、少し緊張した面持ちで馬車に乗り込んだ。
「この遺跡、どれくらい前のものなのかしら?」
ウルクは窓の外に広がる街道沿いの森を眺めながら口を開いた。
「ギルドの資料によれば、少なくとも数百年前だそうだ。魔術の研究施設だったみたいだけど、具体的な目的までは記録が残っていないらしい。」
悠が資料をめくりながら答える。
「得体の知れない遺跡に加えて、黒い霧ときたら、ろくなことが起きない気がするわ。」
ウルクは小さくため息をついた。
「まあ、俺たちの仕事だ。こういうときこそ、冒険者が活躍する場だろ。」
悠は軽く笑って見せたが、内心では不安を拭えないでいた。
馬車の揺れに合わせて資料を読み進めていた悠は、ふと考えを口にした。
「黒い霧が特異な魔力によるものだとしたら、その発生源は遺跡の奥にある可能性が高いな。」
「ただの魔力漏れならいいけど……魔物が関係しているとしたら厄介ね。」
ウルクは額に手を当て、考え込む。
「周辺の村での魔物の出没も気になる。遺跡から漏れた魔力が影響しているなら、俺たちが調査を進めるうちにもっと多くの魔物が出てくるかもしれない。」
「悠、私たちだけで対処できると思う?」
ウルクが慎重に尋ねた。
「俺たちの力なら何とかなるさ。」
悠は自信ありげに笑みを浮かべたが、その裏にはしっかりとした覚悟があった。
遺跡が見えてきたとき、二人は馬車を降りた。遺跡周辺には黒い霧が漂っており、不気味な空気が辺りを包んでいた。その霧はただの自然現象ではなく、明らかに魔力が含まれていることが感じ取れた。
「……これ、思った以上に厄介そうね。」
ウルクは杖を握りしめながら呟く。
「予想以上だな。でも引き返すわけにはいかない。」
悠は拳に魔力を宿し、霧の中を見据えた。
霧に足を踏み入れると、身体にまとわりつくような冷たさが全身を包み込んだ。魔力の波動が一定ではなく、不安定に揺らめいている。
「この霧……普通の魔力じゃないわ。何か歪んでいる。」
ウルクが声を震わせる。
「遺跡の奥に原因があるはずだ。慎重に進もう。」
悠が短く指示を出し、二人は遺跡の入り口へと歩を進めた。
遺跡の入り口は崩れかけた石造りの門だった。その奥には広いホールが広がり、壁には古い魔術の紋様が刻まれている。黒い霧は内部にも漂っており、空気はさらに重く感じられた。
「気をつけて。何が飛び出してくるかわからないわ。」
ウルクが警戒を呼びかける。
悠は周囲を見渡しながら、拳を固めた。
「ああ、気を抜くな。」
しばらく進むと、突然霧の中から動く影が現れた。それは遺跡内に潜んでいた魔物だった。獣のような体躯を持つその魔物は、赤く光る瞳で二人を睨みつける。
「来るぞ!」
悠が叫ぶ。
魔物は低い唸り声を上げながら突進してきた。悠は素早く前に出て魔力を拳に集中し、魔物の攻撃を受け止める。
「ウルク、援護を頼む!」
悠が振り返らずに叫ぶ。
「風よ、縛れ!」
ウルクが杖を振ると、魔物の足元に風の鎖が巻きつき、その動きを封じた。
「いいぞ!」
悠は一気に魔物の懐に飛び込み、魔力を込めた一撃を叩き込む。轟音と共に魔物は地面に沈み、動かなくなった。
魔物を倒し、周囲を確認した二人は再び奥へと進み始めた。霧の濃度はさらに増し、魔力の波動も強くなっている。
「奥に行くほど霧が濃くなるわね。原因は間違いなくもっと先にある。」
ウルクが分析するように言う。
「分かってる。でも、気を抜くな。次はもっと手強い相手が出てくるかもしれない。」
悠は周囲を警戒しながら歩みを進めた。
遺跡の奥からは不気味な音が聞こえ始めていた。それは低いうなり声のようにも、遠くで何かが砕ける音のようにも聞こえる。
「これ以上進むのは危険かも……でも、やるしかないわね。」
ウルクが覚悟を決めたように杖を握り直した。
「俺たちなら大丈夫だ。行こう。」
悠が力強く答えた。
二人は目を合わせ、小さく頷き合うと、さらに奥へと足を踏み入れた。