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悠とウルクは、ゴブリンが出没しているとされる森の奥へと慎重に足を進めていた。昼間でも木々の間は薄暗く、湿った土の匂いと微かに漂う腐臭が二人の警戒心をさらに高めていた。
「依頼票では5匹程度って書いてあったけど……ちょっと怪しいわね。」
白いローブに身を包んだウルクが、杖を握りしめながら低い声で言う。
「気配が多いな。慎重に進もう。」
悠は短く答えた。
二人は周囲に気を配りながら進み、やがて視界の先に洞窟の入り口が現れた。洞窟の周囲には粗末な柵が立てられ、その近くには数匹のゴブリンがうろついているのが見える。
「巣か……。」
悠は立ち止まり、小声で呟いた。
「見張りが少なくとも6匹。中にはもっといるかもしれない。」
ウルクも真剣な表情で頷いた。
「そうね。でもあれ……見て。」
彼女が指差した先、洞窟の入り口付近に、人間らしき二人の姿が見えた。縄で縛られ、怯えた様子で横たわっている。
「捕虜か!」
悠は眉をひそめた。
「依頼票にはこんなこと書いてなかったぞ。」
二人は物陰に身を隠し、巣の様子をじっくりと観察した。洞窟の奥からは時折ゴブリンたちの不気味な笑い声が聞こえ、外にいる見張りの動きも不規則ながら警戒を怠っていないようだった。
「依頼では5匹って話だったのに、少なくとも20匹はいる。どうする?」
ウルクが眉を寄せながら尋ねる。
「普通なら撤退だろうな。」
悠は冷静に答えた。
「でも、捕虜がいる以上、放っておくわけにはいかない。」
「確かに……でも二人だけで20匹以上を相手にするのは無謀よ。」
ウルクの声には緊張がにじんでいた。
悠は拳を握りしめ、決意を込めた声で言った。
「俺たちならできる。お前の魔術と俺の戦闘術を合わせれば、十分に対処できるはずだ。」
ウルクは一瞬驚いたように彼を見たが、やがて小さく息をついて笑みを浮かべた。
「本当に強引なんだから……でも、わかった。作戦は?」
悠は木の枝で地面に簡単な図を描きながら説明を始めた。
「まず、外にいる見張りを静かに片付ける。俺が前衛で引きつけるから、その間にお前が後方から魔術で仕留めてくれ。」
「中に入ったらどうするの?」
ウルクが図を見つめながら尋ねる。
「中には恐らくリーダー格がいる。そいつを倒せば、他のゴブリンたちは混乱する。その隙に一気に叩く。」
ウルクは考え込むように顎に手を当てた。
「洞窟の中は狭いわ。魔術を使うときに悠を巻き込まないように気をつけないと。」
「問題ない。俺は機動力で動き回るから、あとはお前のタイミング次第だ。」
悠は自信を込めて答えた。
ウルクはその言葉に微笑みながら頷いた。
「了解。信じてるわよ、悠。」
作戦を確認した二人は、それぞれの準備を整えた。ウルクは魔術の詠唱を始め、悠は拳に魔力を込めながら巣に向けて進み始めた。
まず標的にしたのは巣の外にいる見張りのゴブリンたち。悠は足音を殺しながら近づき、一匹目のゴブリンを素早く背後から叩き伏せた。炎の魔力を込めた拳がゴブリンを無力化する。
「悠、右!」
ウルクが叫ぶ。
悠が振り返ると、別のゴブリンが警戒の叫び声を上げている。すぐにウルクが杖を振り、風の刃を解き放つ。それがゴブリンを直撃し、静寂が戻った。
洞窟の中に足を踏み入れると、そこにはさらに多くのゴブリンが待ち構えていた。奥からはリーダー格と思われる大柄なゴブリンが、凶悪な笑みを浮かべている。
「リーダーだな……あいつを倒せば終わる!」
悠が低く呟いた。
「行くわよ、悠!」
ウルクが炎の魔術を発動させ、リーダーの前衛を牽制する。
悠はその隙にリーダーへ向けて突進し、拳に全ての魔力を込めた。一撃がリーダーを叩き伏せると、残りのゴブリンたちは一気に混乱に陥った。
「今だ、ウルク!」
悠が叫ぶ。
ウルクは最後の魔術を発動させ、範囲攻撃で洞窟内のゴブリンたちを一掃した。静寂が戻り、二人は急いで捕虜のもとへ駆け寄った。
「安心して、助けに来たわ。」
ウルクが優しい声で捕虜に語りかける。
捕虜を解放し、二人は洞窟を後にした。激しい戦いの末、二人の間には確かな信頼が生まれていた。
「悠、あなたの言った通りだったわ。二人なら何とかできるって。」
ウルクが微笑みながら言った。