2-3
ラスティアの街を後にした悠とウルクは、ゴブリンが出没する森へ向けて街道を進んでいた。空は青く澄み渡り、周囲には鳥のさえずりと風の音が広がっている。とはいえ、二人の心には適度な緊張感が漂っていた。初めての共同作業――それがどのような結果をもたらすのか、まだ誰にも分からない。
「悠、初めての冒険者生活はどう?慣れた?」
ウルクが歩きながら尋ねた。
「慣れたとは言えないけど、特に問題はないよ。」
悠は微笑みながら答えた。
「でも、森でシアに鍛えられたことが、こうして役に立つとは思ってなかった。」
「シアって……あなたの家族?」
「ああ、ある意味でそうだな。戦い方だけじゃなく、生きるためのすべてを教えてくれた人だ。」
悠の声には感謝の念が込められていた。
ウルクは興味深そうに頷いた。
「私もね、冒険者になったのは最近のことなの。でも、師匠なんて呼べる人はいないわ。小さい頃から魔術の訓練を受けてたけど、それはあくまで家族に期待されてのことだったから。」
「期待されて?」
悠は足を止め、彼女の横顔を見た。
ウルクは少し目を伏せながら答えた。
「私は辺境領主の家の生まれなの。でも、お兄さまみたいに土地や家督を継ぐ立場じゃない。ただ、家にとって都合のいい駒として育てられた感じね。」
「それで、冒険者に?」
ウルクは小さく笑った。
「まあね。自分の力で生きてみたかったの。誰かのためじゃなく、私自身のためにね。」
悠は彼女の言葉に共感を覚えた。自分もまた、かつてブラック企業での過酷な生活に疲れ果て、この世界に転移して新たな人生を求めたのだ。彼女の背負ってきた重荷に、自分を重ねるような気がした。
二人の会話が続く中、森の手前に差し掛かった頃、悠の目が小さな影を捉えた。茂みの中から飛び出してきたのは、一匹の小型モンスター――牙をむき出しにしたイノブタのような姿だった。
「ウルク、来るぞ!」
悠が警告の声を上げる。
「わかった!」
ウルクは即座に杖を構え、魔力を練り始める。
悠は素早く前に出て、イノブタに向かって駆け出した。両足に魔力を込めて跳躍し、拳に炎の属性をまとわせる。燃え盛る拳がモンスターの側面を打ち抜き、イノブタは転がるようにして倒れた。
「見事ね!」
ウルクが声を上げる。しかし、次の瞬間、別の茂みからもう一匹のイノブタが現れ、彼女に向かって突進してきた。
「ウルク!」
悠が叫ぶ。
「大丈夫!」
ウルクは冷静に杖を振り、練り上げた風の魔術を解き放つ。突風がイノブタを吹き飛ばし、木に激突させた。それを見届けると、ウルクは安堵のため息をついた。
「連携、悪くないな。」
悠が冗談混じりに言うと、ウルクも笑った。
「そうね。これならゴブリンにも十分対応できそう。」
二人は再び歩き出し、戦闘の緊張感から解放されると、自然と話が弾んだ。
「悠は、どうして冒険者になったの?」ウルクが慎重に尋ねる。
悠は少し考えた後、答えることにした。
「元々、俺はかなり厳しい仕事に就いてたんだ。長時間働いても報われないし、上司からは怒鳴られるばかりで……本当に、心も体も限界だった。そのあとシルに拾われて、森で修行をさせられて今は第二の人生を探しているんだ。」
「私たち結構似ている部分があるのかもしれないわね。」
ウルクの声はどこか優しさに満ちていた。
「ああ。正直、最初は戸惑ったけど、シアと出会って生きる目的を見つけられた気がする。今は、自分の力でこの世界でどう生きていくかを試したいと思ってるんだ。」
ウルクは頷いた。
「私も、あなたと同じよ。家の期待に応えるだけの人生なんて嫌だった。冒険者になれば自由に生きられると思ったの。でも、それだけじゃなくて……自分に何ができるのか、この世界で見つけたいの。」
二人の間に一瞬の沈黙が流れた。けれど、それは気まずいものではなく、心が通じ合ったことを感じさせる静けさだった。
太陽が高くなる頃、二人はゴブリンの出没しているという森の入口にたどり着いた。大きな木々が生い茂り、奥に進むにつれて視界が遮られる不気味さが漂っている。
「ここが現場か。」
悠が辺りを見渡す。
「気を引き締めていきましょう。」
ウルクが杖を構えながら言う。
悠は拳を握りしめ、自分の体内に巡る魔力を感じ取った。訓練で磨き上げた格闘術と魔術の融合――それを試す時が来た。
「行こう、ウルク。」
「ええ。」
二人は森の中へと足を踏み入れた。