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朝日が窓から差し込む頃、悠は重たいまぶたを開け、薄暗い部屋を見渡した。昨夜の疲れが体に残る中、それでも彼の中には新たな決意が芽生えていた。シアの言葉を胸に、次に進む覚悟が少しずつ形を取っていく。
「行くしかないか。」
悠はベッドから立ち上がり、大きく伸びをすると深呼吸をした。目の前に広がるのは、長く共に過ごしたシアの家。家具や調度品ひとつひとつに、彼女との思い出が宿っている。悠はそれらを見渡しながら、胸の奥にある一抹の寂しさを感じていた。
「でも、この家は消えてほしくない……。」
彼はポケットに手を入れ、シアの手紙を握りしめた。自分の心の中には、これから先の旅を支える力が確かにある。しかし同時に、この家が無人のまま朽ちていくのを許せないという思いもあった。
悠は顔を上げ、手を伸ばした。かつてシアに教わった魔術の理論が頭をよぎる。刻と空間――それぞれの属性を組み合わせれば、この家とその周囲を保存する魔術が可能かもしれない。
「やってみるしかないな。」
悠は静かに呟き、両手を前に差し出した。体内の魔力を深く感じ取り、それを体の中心から両手へと流していく。空間を操作する魔術と、時間を凍結させるような刻の魔術を絡め合わせる。その二つを融合させるのは簡単ではなかったが、悠は集中力を最大限に高めて試みた。
「この家と、この場所を……永遠に保存する。」
悠は目を閉じ、家全体を包み込むように魔力を放出した。魔力が空間に広がり、家の周囲に透明な膜のようなものを形成する。それはやがて光を帯び、静かに輝き始めた。
魔法陣が地面に浮かび上がり、悠はさらに魔力を込めた。頭の中にはシアとの日々が鮮明に浮かぶ。暖炉の前で笑い合った時間、訓練に励んだ汗の記憶、厳しい言葉に奮起した夜。すべてがこの場所に宿っている。
「これで……大丈夫なはずだ。」
やがて光が収まり、家の周囲に形成された結界が静かに鼓動を始めた。それはこの場所を時間の流れから切り離し、悠がいない間もそのままの姿で守り続けるはずだ。
悠は汗を拭い、深く息をついた。魔力を多く使った疲労が彼を襲ったが、それ以上に胸には安堵が広がった。
「これなら、シアも怒らないだろう。」
保存魔法を施した後、悠は再び家を見渡した。まるでシアがすぐにでも戻ってくるかのような静けさが漂う。彼は軽く微笑み、ポケットから手紙を取り出した。
「シア、俺は行くよ。でも、またここに帰ってくる。だから、この家を守らせてもらう。」
静かにそう呟くと、悠はリュックを背負い、扉を開けた。
外に出ると、朝の陽光が柔らかく森を包み込んでいた。鳥のさえずりが聞こえ、風が木々を揺らしている。悠は一歩踏み出し、振り返らずに歩き始めた。
「ありがとう、シア。俺はもっと強くなる。そして、この世界で俺の役割を見つけてみせる。」
彼の声が風に溶け、静かな森を後にした。こうして悠は、シアの家に残る思い出を胸に、新たな旅路を歩み始めたのだった。