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深夜の自室。時計の針は午前2時を指していた。窓の外では鈍い街灯がぼんやりと光り、薄暗い部屋にはパソコンのモニターだけが煌々と明るさを放っていた。
悠は椅子にもたれかかり、ため息をついた。手元のマウスをカチカチと動かし、画面の中のゲームキャラクターを操作していたが、その目はどこか虚ろだった。
「また失敗か……。」
ゲームのクエストで敗北し、パーティーメンバーから責められるチャットが流れる。昼間、ブラック企業で浴びた上司の怒号と重なり、悠の胸に重くのしかかる。労働とゲームの繰り返し。どちらも楽しさや達成感を失ったただの作業と化していた。
「こんな人生、もう意味ないよな……。」
椅子にもたれたまま、彼はぽつりと呟いた。社会人として何とか毎日を乗り切ってきたが、日々の疲労が彼の心と体を蝕んでいた。明日が来るのが恐ろしく、それでも時間は無情に進む。そんな虚無感に押し潰されていた。
その時、不意に画面が暗転した。
「……え?」
悠は驚いてモニターを見つめた。接触不良かと思い、マウスを動かしてみたが、何も起こらない。暗い画面の中央に、不気味なまでに白く光る文字が浮かび上がる。
――
「新しい人生を望みますか?」
――
悠は目を疑った。
「なんだこれ……新手のスパム?」
疑いながらも、どこか心の奥がざわつくのを感じた。現実逃避の願望とこの奇妙なメッセージが、彼の中で重なり合う。
「どうせバグだろ……でも、もうどうでもいいか。」
そう呟き、悠はキーボードに手を伸ばし、Enterキーを押した。
その瞬間、モニター全体が白い光に包まれ、部屋の明かりがすべて消えた。暗闇の中で、彼の心臓が早鐘を打つように脈を打つ。
「なんだよこれ!ブレーカーが落ちたのか?」
悠は椅子から立ち上がろうとしたが、全身が動かない。体が何かに縛り付けられているような感覚に囚われていた。
そして、暗闇の中に一筋の光が現れた。それは細い糸のように揺らめきながら広がり、悠を包み込むように輝き出す。光の中から、低くも柔らかな声が響いた。
「初めまして、旅人よ。私は『橋渡し』を司る存在。この光の先に、新しい世界が広がっています。あなたが望むなら、そこに導きましょう。」
悠は声の主が見えないまま言葉を返した。
「新しい世界……だって?なんだよそれ。俺に何をさせたいんだ?」
「何かをさせるわけではありません。あなたが疲れ果てた人生を捨て、新たな可能性を求めるならば、ただ進むだけです。」
悠は迷った。だが、自分の中にある倦怠感や絶望が、声の言葉に引き寄せられる。新しい世界。そこではこの重苦しい現実から解放されるかもしれない。
「もしその世界で失敗したら……どうなるんだ?」
「失敗も成長も、全てがあなた次第。ただ、ここで立ち止まるよりは、何かを掴む可能性は広がるでしょう。」
その言葉に、悠は目を閉じた。会社での理不尽な日々、ゲームに救いを求めて得られなかった達成感。何もかもが虚しい。
「……わかった。連れて行ってくれ。」
そう言葉を紡いだ瞬間、光は一気に彼を包み込み、意識が遠のいていった。
鬱蒼とした森がどこまでも続いていた。目を覚ました悠は、最初に目に入ったその景色に息を飲んだ。背の高い木々が空を覆い隠し、木漏れ日すら届かない暗さが広がっている。目の前にあるのは現実感のない光景だった。