1
アルター・ペンドラム。
公爵家の跡取りとして生まれ、何不自由なく生活をしてきた、いわゆる七光りになってもおかしくない境遇にも関わらず、他者の声に惑わされることなく自身を律し続け、圧倒的な力を手に入れた天才。
彼は勇者の才能を真っ先に認め、その才能を育てようと壁となることを選んだ。
主人公たちとの戦闘には全て勝利し、その役割を全うするが、最終決戦、勇者たちを魔王のもとへと行かせるために、万の大軍へと1人立ち向かい、行方知れずとなる。
そして、今、この入学後、最初の決闘で圧倒的な勝利を収め、勇者へと大きな挫折を与えるのだ。
「はあはあはあ…。」
「……。」
息絶え絶えの勇者に向かい合うアルター。
勇者はもうすでにボロボロながら、アルターは服すら汚れることない。ゲームの時は勇者の一撃を受け、呻くというシーンがあるのだが、それすらなかった。つまりはゲームの時より、アルターは勇者を圧倒的していた。
強い。やはりアルター・ペンドラムは作中最強クラスである。
これはこれでカッコいい…が…果たしてこれでいいのだろうか…その一撃を与えられたことでアルターにも手が届くと幼馴染に慰められて、努力を始めるというのが物語の流れのはずなのだが…。
「はあはあはあ…。」
…しかし、勇者はもう立っているのもやっとという様子。
これ以上の頑張りは期待できそうにない。
このまま勇者に期待して、悪戯に嬲るのは、人として許されることではあるまい。
アルターはこの世界の主人公たる勇者ならば、いずれ挫折を乗り越えられるだろうと信じて、言葉を口にする。
「…それで終わりか?ならばこちらから行かせて貰おう。」
「っ!?」
勇者はアルターの言葉に身じろぎした。
そのほんの一瞬のうち、アルターは勇者の懐へと忍び込み、トドメの一撃を放って終わる。
…そう…アルターの動きを目で追えていた者ならば思ったことだろう。
転生当初からの念願の勇者との対決を目の前にして、前日は眠れぬ夜を過ごした。
…要するに、寝不足プラスこのトドメの一撃は今までにないほど力んでいた。故にアルターは脚元がお留守。観客席から放り込まれ突然脚元に現れた、なにか黄色い果物の皮のような物体を踏んだのを確認し…。
ツルッ。
「あっ…。」
そして、丁度、勇者の構えていた模造剣がお腹に…鳩尾にめり込んだ。
そうなれば当然…。
「グエッ!!……パタン。」
…余程当たりどころが悪かったのだろう。
こうして、影の師匠たるアルター・ペンドラムはノックアウトされた。
消えゆく意識の中、審判の勝利を告げる声の他に、こんな天の声が聞こえた気がする。
【アルター・ペンドラムはドジっ子属性を獲得しました。】