18 占い師の昔語り
占い師は裏路地でいつものようにカモがいないか物色しながら灰色の空を見上げていた。
滅多に雪が降らない地域であるが、今日は粉雪でも舞いそうな天気だ。
(ジジイのところを出たのもこんな日だったな……)
誰もが足早に過ぎ去る街角でひとり座っていると、昔のことばかりが思い出される。
占い師は子どもの頃から魔法が使えたが、それほど強い魔力はなく、せいぜい生活魔法が使える程度であった。
それ程裕福でもない平民の家になぜか突然生まれた魔力持ち。
魔力持ちは遺伝的な要素が多いと言われている。勿論隔世遺伝としていきなり現れることもあるが、そういったパターンはそれほど多くないといえる。
父も母も魔力などからっきしであった占い師の家では、いつしか両親の仲がギスギスし始めた。
自分が生まれたことで、母が不貞を疑われたのだ。勿論冤罪だ。
一度生まれた疑念は父の中で燻り続け、更にある筈のないことをずっと疑り続けられることに傷ついた母との間は急速に冷めて行った。
そして数年後、離婚をする。
また不仲の原因になった占い師は両親どちらからも冷遇され、離婚と同時に老魔法使いのもとに弟子入りさせられることになったのだったが。
(……あのジジイは本当に嫌な奴だったな)
弟子入りとは名ばかりで、殆どが召使のような扱いであった。魔法や魔術を教えてもらうわけでもなく、毎日毎日、延々と雑用を熟すばかりの日々。
中途半端な才に燻っているだけで、老魔法使いなりに焦るばかりだったのだろうと今になれば解りもするが……
(自分だって大して魔力がある訳でもないのに、魔力が少ないって馬鹿にされたっけ)
魔力が少ないのなら魔術師に弟子入りをすればよかったのだが、まだ子どもの占い師にそんなことは判る筈もない。
粗末な食事しか与えられないという劣悪な環境の中で、数年間暮らしたのだった。
いつしか老魔法使いは暴力を振るい始める。
叩かれあちこちアザになった所がうずく。冬だというのに薄い服は裾が綻び、その日も食事も貰えず薪を拾いに行かせられたのだった。
(もう、イヤだ!)
ガマンの限界だったのだろう。少年だった占い師は、着の身着のままで逃げることにした。
みつからずに老魔法使いの住む村を抜け出し、ひとり生きるために悪い奴らの仲間に入り、日銭を稼ぐために悪いことを覚えた。
簡単な魔法を使える占い師は追手をかく乱させることが出来るために重宝されたのだ。
占い師のフリは詐欺師から教わった。
水晶玉はガラス玉で、言わずもがな占い師には未来も過去も見えはしない。
詐欺師に、人間はそれらしい格好をした者をあまり疑わず、素直に話を受け入れるものだと教えられた。騎士に医師、お役人。そして占い師。
人間は共感されると喜ぶ。
人間をよく観察すれば、自ずと様々なことが見えて来る。占いなど使わずとも、言葉に佇まいに、容姿に、視線に。指先に靴底の減り方に、帽子のかぶり方に、匂いに。
コンプレックスを見つけ、受け止め、理解してやると驚くほどにすぐ信頼をする。悩みは話したくて仕方がない。
人は本来不幸自慢をしたいものなのだ。
よく聞きよく見るだけで、飯の種をあちらからどんどん提供してくれるようになる。
不思議な力は恐怖と羨望がある。魔法が最たるものだろう。魔法そのものは可視化されにくい力で、だが確実に存在する。ときに凄まじい威力を誇り、人を守りもすれば傷つけもする。
見えないものは見えるものと組み合わせると、驚くほど信用する。――占いがそれだ。
無理に信じ込ませるのではない。疑っていることを受け入れ、その時々で相手が欲しているものや言葉、時に仕組まれた現実を提供してやるのだ。
元々、人間は見たいものしか見ない、見えない生き物だ――かつての父と母のように。
(嫌なことを思い出したな……こんな日は早めに帰って酒でも飲んで温まった方がいい)
……それに最近、自分たちのことをこそこそと嗅ぎ回っている人間がいるようだ。
占い師は建物の陰に隠れ、自分を窺っている者はいないか視線を走らせる。
(向こうはこっちが気づいているとは思ってないようだが……そろそろここもズラかるか)
西から南へ流れて来たが、万が一にも魔塔が乗り出して来る前に、場所を変えた方がいいかと思い至る。
旅の途中で薬師と会い意気投合し、それからは組んで仕事をしているのだがすこぶる調子がいい。
(……そろそろ東にでも行くか)
東は西と同じ大魔法使い見習いが住んでいる地域だ。
何処に住んでいるのかまでは解らないが、正式な大魔法使いが住んでいる地域よりは仕事がしやすいだろう。
占い師は立ち上がり椅子と小さな机代わりの台を建物の隙間に片づける。
そしてもう一度灰色の空を見上げては、小さく息を吐いてゆっくりと歩き出した。




