14 抜け毛エレジー・中編
「浮かない顔ですね」
むしゃくしゃする。そう思いながら道を歩いていると、声が聞こえて来た。
祖国からひとりだけ小姓がついて来ていたが、行動の全部をいちいち確認して来て面倒なため、適当に撒いて街を散策していた時のことだ。
声のする方を見れば、薄汚いローブを羽織った初老の男が椅子に座っている。
小さなテーブルの上には水晶玉らしきものがひとつ。
(……占い師か……)
「占いで何が解るというんだ? もし何か見えるというのだったら当ててみろ」
占いなど誰にでも当てはまるようなことを、それらしく語って信じ込ませるだけだ。そう思ったクリストファーは鼻先で笑いながら居丈高に言う。
占い師は水晶を覗き込むと、ふうむ、と言って手をかざした。
「……あなた様は高貴なお生まれの方でいらっしゃいますね……何やらお心に心配事や悩み事を抱えておられるようだ」
(……心配や悩みがないものなどおるまい)
そう思いながら、「それだけか?」と言わんばかりに片眉を上げ、続きを促した。
「……むっ! これは……」
今まで閉じているかのように細かった目を大きく開くと、占い師は言葉を詰まらせた。
「…………。どうした」
芝居がかっている。そう思うものの、意味深な態度を取られれば気になる訳で……
クリストファーは気のない素振りをしつつも、わかり易い態度で続きを促した。
「そのお悩みのせいで、ここのところ体調がすぐれないご様子ですね?」
占い師は同情めいた憐憫の目でクリストファーを見る。
(なっ……!?)
まさかと思いつつも、まあ悩みが深くて体調を崩し気味の人間もそれなりにいるだろうと思い直し、信じてしまいそうになるぐらつく心を押し止めた。
「…………。体調? こうして外出をしているというのにか?」
クリストファーはギリギリと歯ぎしりをしながら占い師に食って掛かる。
占い師は静かに首を振った。
「……体調にもいろいろあるのですよ。目に見えるものと見えないもの。そして身体が動かなくなる病気だけが不調というわけでもない……」
占い師はそう言ってクリストファーの顔から目線を上げ、ぴたりと頭で止めた。
「!!??」
「投薬も上手く行っておられないのでしょう……お若いのに、実に嘆かわしい!」
そう言うと再び視線を下げ水晶玉をじっと見つめた。
「今の治療を続けても残念ながら改善はしないでしょう。一時は良くなるかもしれませんが……一進一退」
(こやつ、本当に見えているのか!?)
そう思い水晶玉を覗くが――何も見える筈などなく、奇妙に湾曲した己の焦った顔が見えるばかりであった。
「本当にそう思われますか?」
「…………」
「金色の」
クリストファーの青い瞳が大きく瞠られる。
そこには深い皺が刻まれた男――占い師の確信に満ちた不気味な薄ら笑いが映っている。
「細い――」
ゴクリ。
クリストファーの喉が大きく音をたてた。
(本物だ!)
「どうすればいい……っ!」
「…………」
夕暮れの差し迫った裏路地の片隅で、年の離れた風貌の違う男がふたり見つめ合っていた。
睨むような切羽詰まったようなクリストファーの顔を見て、占い師は安心させるかのように笑みを深めた。
「……毎月末日、王都に行商の薬師が来るので、その者から薬をお買い求めになればよろしいかと思います」
「行商の薬師?」
何とも胡散臭い話に眉を顰める。
「その薬師は大層腕の立つ薬師なのですが、一か所にとどまり富と名声を得るのではなく、沢山の人々の役に立ちたいと困っている人に少しでも多く出会えるよう各地を旅して歩いている薬師なのですよ」
薬師や医師は人々に尊敬される職業であるが、使命感を持って仕事をしている者が多く、中でも取り立てて奉仕精神に満ちている人間がいるとも聞く。
危険を顧みず自ら戦地へ赴き医療に従事する者や、料金を払えない者には無料で診察するような医師や薬師もいるのだという。
「今回は王都の中央広場に来るようです」
「毎回中央広場に来るのか」
「いいえ。王都も広いですから、毎回違う場所に店を出すと聞いたことがありますが」
「……人間が移動する場所まで解るものなのか」
クリストファーはそう言うと机の上にある水晶玉を見た。
「もしも行ってみて本当にいたのなら、お疑いも晴れることでしょう。その者に声をかけるかどうかはあなた様がお決めください」
「…………。幾らだ」
料金を渡そうと聞けば、首を振る。
「こちらから声をかけましたので、今日はお試しということで。もしも当たりましたら、また」
何ともいえないような表情で占い師を見る。
いつの間にか陽も落ち、夕闇色に空の色が変わろうとしていた。
そろそろ帰らなくては。小姓が大騒ぎをする前に。
「解った」
そう言ってクリストファーは踵を返す。
末日まではあと三日。毎月末日は中央広場で市が立つのだ。
(本当に薬師が来るのかどうか)
そう心の中で言い訳をしながらも、もしかしたらと期待する自分がいることを否めないでいた。




