08 魔法使いの出番だぜ・前編
「……ってことで、色々な国でビラを配らせたり、聞き込みをしたりしているみたいなんだよ」
丁度同じ頃。よく知る旅の一座メンバーから連絡が入った。
ガラスのような半貴石の欠片のような、キラキラした青い鳥がおばば様の指の上で嘴を動かしている。……残念なことに、その声は美しい囀りではなく、ガサガサとしたしゃがれ声であるのがなんとも。
クリストファー王子が何やらエヴィについて調査を始めたらしいと旅の途中で聞きかじり、事情を知るおばば様のお仲間が、鳥型の魔道具で通信して来たのだった。
「知らせてくれて、ありがとうよ」
「いいってことよ。困った時はお互い様だもんねぇ。んじゃ、魔人とエヴィにヨロシク」
言うだけ言うと、小さな青い鳥は羽ばたいては窓から飛んで行く。
エヴィはしげしげとその後姿を見送る。キラキラとした鳥は光の粉を落とすかのように輝きながら、あっという間に飛び去って行った。その姿をこれまたキラキラした瞳で見ている。
「一体全体、急にどうしたって言うんだろうねぇ」
「クソ王子が何でまた」
思案顔のおばば様と不機嫌この上ない顔の魔人が顔を見合わせた。
そんな中、扉を叩く音が響く。
「こんにちは」
笑みを含んだような柔らかい声が呼びかけた。ハクだ。
******
「へぇ。そんな大変なことがあったんだね」
ハクは神妙な顔で頷いた。
町で配られていたビラを持って山の麓までやって来ては、不機嫌そうなおばば様と魔人に迎え入れられたハクであったが。
案の定ビラを見せてみれば、顔を曇らせる。
エヴィに言いたくなければ話さなくてもいいと前置きしたハクであったが、特に隠すこともないと、ここに至るまでのあれこれを語って聞かせたのであった。
「……そんな王子殿下が、何だってエヴィを探しているんだろうね」
ハクは、自分が追い出した元婚約者を探す理由を求めて首を傾げる。
エヴィは同じように首を傾げ、おばば様と魔人はため息まじりにハクに向かって言った。
「先日の話に立ち会っていないからねぇ」
先日の話とは、国王やエヴィの両親たちを集めて行なった生存確認というか別れの言葉というか、あのことである。
エヴィの言葉を伝える必要があるだろう人間にのみ集まってもらった。
当然、既に他国に留学をしているクリストファー王子までを招集することもなく終えたのであるが。
……出席したところで話が通じるとも思えないわけで、まあ知らずとも何も変わらないだろうと思ったのだが、何やら意味不明な行動を起こし始めたらしい。
「おおかた、男爵令嬢に逃げられてあれこれ考えたんだろ? 良くわかんねぇけど」
面倒臭そうに耳をほじりながら魔人が言い捨てる。ありそうである。
「まあ、どうせ大したことは出来ないだろうけど、うろちょろされても面倒だね」
「エヴィ、もしも王子が何か言ってきても我々が守るから大丈夫だよ」
ため息をつきながら、さてどうしてやるかと考えるおばば様と、不安に思っているであろうエヴィに気遣いを見せるハクだったが。
「ありがとうございます、だぜい?」
長年、口ほどにもないクリストファーのあれこれを一番近くで見て来た存在であるエヴィは、先ほどとは反対側に首を傾げ、丸い瞳を瞬かせていたのであった。
魔人は大きな声でツッコミを入れる。
「……全然緊迫感ねぇな! 放って置いても大丈夫なんじゃねぇか?」
******
「さ、さっさと片づけるよ」
夜も更けた頃、山の麓の家に住人である三人とハクの姿があった。
放って置いてもクリストファー王子がエヴィを探し出せるとは思わないが、万が一ということもある。みつかったからといって相手にする必要もないのだが、何もない方が面倒もなければうるさくもない訳で……問題が起こってから対処するよりも、予防する方が簡単だということに結論づいた。
そんなこんなで王子の夢枕に立ち、追跡を止めるように仕向けることとなった。
幸いビラには連絡先として現住所が記載してあるので、先の通信の魔道具を使おうということになったのである。
目の前に現れたのは、鳥は鳥でも真っ黒なコウモリであった。
以前は魔法で蝶を出したが、夢に干渉するためなのか、今回は魔道具を使うらしい。
エヴィはまじまじとコウモリを見る。やはりガラスなのか半貴石なのか、キラキラした結晶で作られており、おそるおそる触ると、堅く、ひんやりとしていた。
触れられた魔道具が、目を瞑って撫でられるがままになっている。
おばば様がそんなコウモリを一回転させながら説明をした。
「これは通信の魔導具さ。色々な形に出来るんだけど、まあ飛んでいても不自然じゃないように鳥や虫の形をとることが多いね」
エヴィはひと言も聞き逃さまいと、こくこくと頷きながら真剣に聞き耳を立てる。
「手紙が空を飛んでると不自然だしねぇ。実際に自分が空間移動しても構やしないんだけど、魔力が余計にいるし、相手が取り込み中かもしれないからね」
「なるほど~」
エヴィはおばば様の説明に納得し、同意した。同時にコウモリ型の魔道具は部屋の中を一周すると、飛びながら消えるようにいなくなった。
「さて、始めるかい」
おばば様は人相悪く極悪人顔で笑った。
お読みいただきましてありがとうございます。
ご感想、評価、ブックマーク、いいねをいただき大変励みになっております。
少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。