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14 抜け毛エレジー・前編

 そんなこんなな頃。

 近隣国に留学中のクリストファー王子は四面楚歌という言葉を身を持って体験中であった。


 鏡を前に、プルプルと震えるクリストファー。

 そっとカツラをを脱げば、斑状に髪が抜け落ちていた。


「……こんな状態では国に帰る事も出来ぬ……!」


 クリストファーは恥辱と哀しみの間で、小舟のように揺れていた。


「まさかアドリーヌ(エヴィ)の奴、本当に呪いをかけたのではあるまいな……?」


 魔法なんてそんなはずはないと思いつつも、全てが疑わしく疑心暗鬼であった。


 それというのもとある日、枕に尋常でない抜け毛がついている事を発見し、合わせ鏡で確認してみたら後頭部がとんでもないことになっていたのである。


 最初は誰かに何か毒を盛られたのかと思い、王家秘伝の検査薬を使用したが全くの無反応であった。

 健康被害がなかった事は幸いであるが。


 問題は毎日学校に通っているにも関わらず、誰も自分に言わなかったことである。


(外国人だと思って軽んじているに違いない……!)


 クリストファーはギリギリと奥歯を食いしばった。


 ……そうではない。友好国の王子が留学しているのである……軽んじる筈などなく、それ相応に丁重にもてなしているわけで。

 ……少しずつ薄くなっていく後頭部にどうした方がいいものか、それよりも指摘して気分を害さないかと協議している間に発覚してしまったのである。


 ……指摘された翌日不自然なカツラを被って来たクリストファーに対して若干の不自然さはあったかもしれないが、皆却ってホッとしたのも本当なのである。

 しばらく様子を窺っていたが、良くなるどころかどんどん悪化の一途をたどって行った。



 未知の毒かもしれぬと意を決して医師のもとへと駆け込んだが、やはり何の毒の反応も出ない(誰も毒など盛っていないので当たり前である)上、原因不明と診断された。


 留学中で慣れない心労が髪に現れたのであろうということであった。更にそれ以外にショックを受けるようなことがあったかと確認され、卒業までもう少しという時にあのようなことが起こり、立太子は取り消され、急遽留学し恋人とは離れ離れになり、挙句の果てに別れを切り出され……


 ショックの連続コンボである事実に思い至る。


「……いろいろおありなのでしたら、それらが重なって引き起こされたのではないでしょうか。遺伝や病がないわけではありませんが、ご年齢を考えれば大変が栄養状態が悪いか心理的なショックや圧迫などがあるかという場合が多く、殆どといっていいほど後者が原因であることが多いです」


 そう老医師に断言されてしまったのである。


「なるべく心をゆったりと保ち、イライラしたり怒ったり、短気になることをしないように心掛けると改善するかと思います」

「…………」


(そうは言うが、この状況でどうやってイライラせず陽気に楽しみ、まったりゆったり出来るというのだ?)


 お前は出来るのか!? そんな言葉を医師に心の中で叩きつけてみるが、見れば老医師のてっぺんは皿を被ったかのようにピカピカに禿げ上がっていた。


 微妙な表情で素直にいうことを聞いていると、薬を出すので朝昼晩に患部に付けてはブラシで三百回ほど優しく叩くようにと付け加えられた。

 頭皮に栄養を与え、かつ血行を促進して発毛を促すのだそうである。


 そしてカルテには『心因性ストレスによる脱毛』と記載されたのであった。




 現在、クリストファーは患部に薬を塗り、朝昼晩三百回ずつブラシで頭皮を叩き、マッサージしている。


 ……が。よりストレスを誘発するのか髪は生えることはなく、代わりに抜ける量が増えるばかりであった。


(…………。あンのヤブ医者めっ!)


 鏡の前で柔らかブラシを手に持ちながら、ギリギリと奥歯を鳴らしていた。


 はらり。

 また金の髪が抜け落ちた。


 髪はロウソクの光を受け、キラキラと光りながら音も無く床へと落ちて行ったのであった。

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