13 冬の小休止
窓の外はしんしんと雪が降っていた。
曇った窓を手で少しだけ拭って外を見れば、一面の雪景色である。
こんな日は誰もやっては来ないだろうと、山小屋の面々とその隣に住むハクとフェンリルは一同に集まって、まったりゆっくりと過ごすことにした。
「何だか最近やたらと忙しかったからねぇ」
おばば様は仏頂面ながらも、些か瞳をショボショボとさせているような気がする。
「違いねぇな。この数か月で数百年分働いたような気がするぞ」
ぼやきながらも全員分のお茶を出してくれる辺りが魔人クオリティである。
外の竈にいてもらうのも申し訳ないので、サラマンダー達には暖炉を提供した。クルクルと楽しそうに暖炉の中を回ったり、時折部屋の中を飛んでは、乾燥させている薬草に火がつかないかハラハラしていた。
そのおかげか部屋の中はぽかぽかで、気を抜けばつい微睡んでしまう程に暖かい。
ハクは食材を持ち込み、暖炉に着いたフックに鍋をかけ、煮込み料理を作っている。
材料はシチューに似ているが黄金色で、とてもスパイシーな香りのする料理である。こことは別の大陸にある国の料理だそうで、同じ料理とはいえ入れる材料によって幾つもの種類があるのだという。
それをゆっくりとかき混ぜては、コトコトと煮込み続けている。
流石に部屋の中に入れてもらったユニコーンは、少しでも小さくなるように(?)人っぽい例の首長馬面な姿になり、優雅にお茶を楽しんでいた。
マンドラゴラはカチンコチンクッキーのかけらを山のように貰い、先程から一心不乱で食べている。
『コレ何ダ?』
タマムシな元悪魔は、まったりと横になりながらギザギザの脚で羽根を掻いていた。
ほんの小さな欠片を手渡され食べると、うえ~! と言いながら水を飲みに飛んで行った。
『何ダコレ!? 堅イシ青ックサイナ!』
『ぁぁぁ?』
「虫のくせに葉っぱは食わねぇのか?」
再び戻って来たタマムシに魔人は首を傾げる。
『草ナンカ食ウカ!』
喧々囂々(けんけんごうごう)である。いっぱいある脚をワキワキと動かしては、プンスコと怒っていた。
「……見た目は虫でも好みは元のまんまなんだろう」
おばば様は嫌そうに眉を顰めてそう言った。
『はぁ……』
そんな時、フェンリルがため息をついた。
「フェンリルさん、どうしたのですか?」
『うむ……』
見た目は小さな男の子のフェンリルであるが、今日は元気がないらしく、さっきからため息ばかりをついている。
「まあ……まだカップケーキを四十六個しか食べていないじゃないですか……具合が悪いのですかだぜい?」
『……食欲がないのだ』
心配そうに表情を曇らせるエヴィと、小さく首を振るフェンリル。
「いや、四十六個も食べたら充分だろう?」
「どの口が『食欲がねぇ』だよ!」
おばば様と魔人がすかさず突っ込んだ。
「どうしたんだい? 何か悩みごとかい?」
ハクが耳を動かしながらピンと立てた。
『我はいつになったら大人の姿になるのだろうか』
むっすりとおばば様に負けず劣らずの仏頂面でそう言うと、キュッと眉を寄せた。
ちょっとだけ膨らませた頬がぷにぷにと柔らかそうで、モチモチと指で引き延ばしたい衝動にかられたおばば様がテーブルの下で指をワキワキとしている。
小さい子が拗ねている姿というのは可愛らしく、エヴィとおばば様はほっこりしながら青い髪の坊やを見遣った。
「フェンリルさんは大きくなりたいのですか?」
不思議そうに首を捻るエヴィに、フェンリルはぐっと息を詰めた。
『色仕掛けのハクだけでなく、最近は魔王まで粉をかけて来ているからな……我が守らねば』
フェンリルはそう言って金色の瞳を左右に揺らす。
ハクは口をVの字にして微笑んでいるが、エヴィとタマムシ以外の面々が(ああ……)と思いながらハクを見た。
「ブヒブヒ、フヒヒン!」
ユニコーンが何かフェンリルに言いながら、「頑張れ」のポーズをしている。
『うむ。そういうものだろうか?』
「ブフヒン!」
「まあ、そうだな」
大きく頷くユニコーンとうんうんと頷きながら肯定する魔人。
ひとりだけ何を言っているのか解らないエヴィが首を傾げた。
「まあ、実際の年齢や精神年齢のようなものがいろいろ合わさって人化した時の姿になるのだけど。魔力がある程度安定すればある程度自由に姿を変えられるってことさ」
ハクが何でもないことのようにそう説明した。
「フェンリルはまだ若い上に怪我をしたりしてたからね。基本意識しなければこのくらいの年齢ってことなんだろうけど、魔力が高まれば大人の姿にも変化できるってことさ」
「まあ!」
おばば様の言葉にエヴィは驚いて、フェンリルを見た。
「そんなに驚くことかねぇ? 魔王も子どもになったり大人になったりするだろう? 似たようなもので言えばフラメルだって幻視の魔法で老人に化けているしね」
「えっ!?」
エヴィは再び驚いておばば様の方へ素早く顔を向けた。
「魔力が強すぎると人間も老化が遅くなるんだよ……あいつは年齢相応の爺さんに化けているけど、本当はまだ若い姿をしているよ」
「じゃあ、あのお髭も偽物……?」
優しそうな神父さんのような風貌のフラメルを思い、エヴィは碧色の瞳を丸くした。
「髭があると威厳があるように見えるとか言ってたな。……実際はヒョロヒョロだしな」
魔人がそう言って苦笑いをした。
「まあ……」
新事実に驚きながらも、そっとフェンリルの頭を撫でた。
薄青色した髪はサラサラしている。
「今のままのフェンリルさんも素敵ですよ? ゆっくり大きくなったらいいんです、だぜい」
おばば様はうんうんと頷いている。
フェンリルといえば、ちょっと頬を染めてされるがままになっていた。
――想い人であり主(自称)であるエヴィにそう言われると、もう少しこのままでもいかと思えて来るが……
ハクが何とも言えない表情でニヤニヤとしている。
(……やはり、エヴィを見習って変化の練習をした方がいいな)
フェンリルはそう心に誓ったのである。
「さあ。そろそろカレーが出来るよ! エヴィはお皿を出して」
ハクが笑いをかみ殺しながらそう言った。
雪と同じように真っ白なしっぽが、ゆらりゆらりと左右に揺れている。
「ハイですぜ!」
「魔人はアイテムボックスから『炊き立てご飯』と『焼きたてナン』を出してよ」
「うーぅい」
(取り敢えずたくさん食べて、身体も大きくせねば……!)
フェンリルはそう心に誓うと、真っ先に皿をハクに差し出した。
『カレーッテ何ダ? アタシニモ!』
タマムシはハクの周りをブンブン飛んでは回転している。
外は未だしんしんと雪が降っているようだ。
様々なことを洗い流し、隠すかのように優しく降り積もって行った。




