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12 久々の魔塔

「婚約祝い?」


 久々に魔塔へやって来たエヴィ。

 丈の長いローブに身を包んだフラメルが、まじまじとエヴィを見ては繰り返した。


 長年大魔法使いとして君臨し(?)更にはお家柄もよろしいということで、そう言った方面にも見識豊富だろうと思い聞いてみたのだが。


「う~ん……? 魔塔の人間は珍しい素材とかを渡すと喜ぶかな」 


 やっぱり、と思うような答えが返って来た。

 フラメルの言葉を聞き、周囲にいる魔法使いと魔術師たちが大きく頷いている。


「魔塔の方でない一般の方はどうなのでしょう?」

「……もうこんな年だから、友人知人の結婚なんてだいぶ前のことだよ。何だっけなぁ」


 真っ白な髪と髭を見ればなるほどと納得してしまうが、そうではない。


「まあ、真面目に答えると、付き合いの深さや家柄にも依るんじゃないの? 気持ちが大事とは言うけど、それは例え建前であってもある前提でしょ。それを踏まえた上で決める感じじゃないの。平民の家に公爵家に送るようなものを送ったって迷惑なだけだしね……逆も然りだよ」


 至極真っ当な答え(だけど何の解決にもなっていない)が返って来た。


「俺なら毛生え薬の素材が欲しいです……!」


 魔法陣をああでもないこうでもないと書き直していた魔術師が声をあげた。

 ……見れば、おでこがだいぶ拡大しているようであった。


 周囲でうんうん頷く魔法使いを見れば、やはりテッペンがかなり風通しのよい風貌になっている。


「……魔法で髪を増やすことって出来ないのですか、ですぜ?」


 エヴィの話を聞いて魔塔長のマーリンが苦笑いをし、フラメルが口をへの字にした。


「多分無理じゃないかと……一時的に幻視の魔術で見え方を変えることは出来るでしょうが」


 髪の薄……すっきりしている魔法使いと魔術師が、哀しそうな表情で目を閉じている。


「そういうものなのですね……?」

「ほら、魔法って()()は何とかなるけど()()は効かないから」


 納得しかねる様子のエヴィに、フラメルがそのものずばりと答える。

 髪が風通し爽やかな魔法使いと魔術師が、恨みがましそうに大魔法使い・フラメルを見遣った。


(……死……。毛根が死滅しているということなのです?)


 ニコニコと話を聞いているハクは、大層楽しそうにふわふわの尻尾を左右に揺らしている。

 どのくらい生きているのか解らない程な大妖のハクだが、見目は二十代半ばほどにしか見えないため、当然髪はふさふさである。


「エリクサーをかけても完治しないものなのでしょうか?」


 エリクサー。


 部屋にいる魔法使いと魔術師全員がこぞってエヴィを見た。


「そんな馬鹿げたことにエリクサーを使う人間なんていないよ!」


 呆れたように言葉を投げるフラメルと、苦笑いをするマーリン。そして思いつめたようにそれぞれの頭を見る魔法使いと魔術師が数名。


(そ、そういえばどこかで毛生え薬の成分がどうとか言っていたような……? いつどこででしたっけ?)


 不要だと思い聞き流したことがあったなと記憶の片隅を掘り起こすが、全く思い出せない。

 今度探して魔塔の迷えるおじさん達に送ってあげよう、そう思うエヴィであった。



 魔塔での研究はかなり充実しており、どんどん新しい知識が頭に入って来るのを実感している。


 地下にある図書室に行けば、過去から現在に至る長い長い時間研究され続けている幾人もの知識と技術の粋が集結しているのかを見せつけられる。膨大な、以外にどう表現すればよいのか解らない程の書物が所狭しと詰め込まれているのであった。


 魔塔の人間は、それを自由にいつでも手に取ることが出来る。


 薬師見習いとしては、おばば様も必要に応じて様々に教えてくれるが、どちらかといえばエヴィの自主性に任せるようにしているように見えた。


 何のことはない、課題を積み上げてしまえば猛然と熟そうと頑張ってしまうエヴィを危惧して、のんびりと進めることにしているだけのことであるが。既に人間界で頻繁に使われるであろう薬師の知識は殆ど習得しているため、どちらかと言えば技術面の習得を必要としているのも大きいであろう。またそちらの習得が最大の難関と言っても良いので、急がずのんびりしているのだ。



 今日もエヴィの前に入塔したという新人魔法使いの青年に、新しい魔法陣を見せられては、どう改良したらいいのかと相談を持ち掛けられた。


 半端な答えはしたくないため、課題ということで持ち帰らせて貰うことにした。


「今日もとっても有意義だったね」


 同じように沢山の人間と回路づくり競争をしていたハクが、ホクホクしながら廊下を歩く。


 魔塔内の転移魔法陣と山小屋を繋げてもらったため、物理的な距離は結構離れているはずがほんの一瞬で移動することが出来る。ただごく少量の魔力を流さないといけないので普通の人間では起動できない。ごく少量の魔力を持つエヴィだが、流石に起動するまでには至らないため、必ず誰かに起動してもらう必要があるのだが。


(……結局、お祝いについては何もわかりませんでした……)


 一応数名の魔塔の人間にきいてみたが……元々人付き合いの極端に少ない人間の巣窟なため、誰一人として有効な答えを用意することが出来なかった。

 代わりに彼らの欲しい素材や薬草を知れたのだが。


「その魔法陣は改良できそう?」


 エヴィが手に持つ羊皮紙を指差す。


「これからよく読んでみるつもりですが……」

「ちょっと見せて?」


 興味津々で覗き込むハクに渡すと、じっくりと見てから笑みを漏らした。

 もふもふの尻尾をバサバサと動かし、頭の上の耳もピコピコと動いて実に楽しそうだ。


「……すっごいモリモリに詰め込んでるね!」

「簡易化した方が効率がいいように思います、ですぜ」


 そんなふたりの様子を見て、上級魔法使いのマーリンはニコニコとしている。

 エヴィの才を思い、権力者の悪用から守るためにリモートワークでの魔塔入りを許可した人物だ。


 熱心なエヴィに加え、おまけ&お目付け役として同行するハクの力も相まって、どんどん改良が進んでいる。

 ふたりが山小屋に帰宅するため魔法陣の上に立つと、マーリンが見送るために魔法陣の外に立つ。


「本日もありがとうございました」


 毎回エヴィが律儀に挨拶をしてくれるので、マーリンも余程立て込んでいない限り見送ることにしている。まるで娘のようなエヴィは、どこか放っておけないのである。


「こちらこそです。またのお越しを待っていますよ」

「じゃあね」


 手を振りながらハクが魔力を魔法陣に充填させる。

 魔法陣に身体の一部がついていれば魔力を流すことが出来るが、指先を使った方が放出し易いため手を付いて流す人間が多いのだが、流石大妖であるハクは足でもしっぽでも問題がないらしい。


 根っこがお嬢様以外の何ものでもないエヴィは、目上の人間であるマーリンにカーテシーをする。


 あっという間に魔法陣が青白く光ると、一瞬にしてふたりの姿が消え、魔塔は再び静かになるのであった。

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