11 その後
翌日子爵家に婚約の申し込みがなされた。
晴れて婚約者となったルーカスとマリアンヌは、今日も領政に学園に慈善活動にと、仲睦まじくそれぞれの役割を頑張っている。
「どうなることかと思いましたが、ルーカスにも素敵なお相手が現れて良かったですわ」
珍しく一緒にお茶をすると言い出した夫に、公爵夫人は手ずからお茶を淹れることにした。
「そうだな。一時はどうなることかと思ったが」
何かを思い出したらしい公爵は、小さくため息をついてからお茶を飲んだ。
「アドリーヌ様も、幸せに暮らしていらっしゃると良いのですが……」
公爵夫人はかつて王城でよく社交をした令嬢に想いを馳せた。
色とりどりのビオラに真っ白なイベリス。蝶の羽根のようなシクラメンに控え目な色合いのクリスマスローズ。
丹精込めた庭には冬の花が咲き誇っている。
「……あの方は賢いお方だから、心無い者たちが言うようなことにはなっていないと思っている」
自主国外追放劇は、多分アドリーヌの筋書きに違いないと公爵は考えていた。
……誰が考えても貴族の令嬢がひとりでうろつくなど無謀だと解るのだ。彼女とてそんなことはハナから承知していることだろう。
誰にも何も言わずに姿を消したのは、彼女がそうしたいからだ。
更には人に迷惑をかけることをとことん嫌う人柄なのだ。おめおめと人攫いや変質者に攫われるようなヘマはするまい。
アドリーヌ(エヴィ)が折角手に入れた自由を、勝手な考えや自己満足で奪い去って良い筈がない。
(その持てる才を存分に振るわれて、自由に生きてください)
公爵は妻の淹れた紅いお茶に蒼い瞳を落としては、数奇な生い立ちの少女に心の中で語り掛けた。
そして。
現実逃避なのか罪の意識から逃れるための妄信なのか、最近若い人たちを中心にとある噂がたっている。
隣の国で作られた薬膳クッキーは、薬師になったアドリーヌが作ったものであるとか、ここ一年にも満たない間に現れた負け知らずの天才投資家の正体はアドリーヌであるとか。
はたまた様々な発明をしては使用料で荒稼ぎをしているなんてものもあった。
公爵夫人も瞳を伏せる。
(そうであったならと、私も思いますわ)
納得しかねるような表情の妻に、公爵は続けた。
「あれだけ執着していたルーカスが、存外早く想いを昇華できたのも、何かを知って踏ん切りがついたのではないかと思ったのだがね」
「…………。それは、確かにそうですわね」
「何もして差し上げられなかったと君が悔いていることは知っているが、そもそもアドリーヌ嬢は君たちが考える程ヤワではないと思うよ。実にタフなお方だ」
そう言って公爵は不敵に笑った。
*******
隣国の人里離れた山の麓の小さな家では、エヴィが新聞記事を読み進めていた。
「まあ。お相手はベイカー嬢でしたか、だぜい!」
見知った顔の令嬢であったことに驚きつつもなるほどと思う。
努力家で優しい彼女ならば立派に公爵家を盛り立て、ルーカスと一緒に幸せな家庭を築いて行くことだろう。
そして何より、年頃となり公爵家で思う存分磨かれたのならば、さなぎが蝶になるような大変身を遂げることであろう。
(お顔立ちは整っていらっしゃいましたもの。きっとお美しくなられてお似合いのおふたりとなる筈ですわ)
自分のことはよく解らずとも、他人のことはよく解るエヴィがひとり納得をしながらうんうんと頷いた。
世話焼きでおちゃめな公爵夫人が、きっと味方になってくれることだろう。
(ああ見えて公爵夫人は、結構剛の者ですからねぇ……)
おっとりとした風貌で誤魔化しているが、周囲を巻き込んで凄まじいパワーで行動して行く公爵夫人を思い出してはニコニコと微笑んだ。
――そんな様子を、おばば様と魔人、ユニコーンとマンドラゴラが見ているのだが。
「まあ、めでたいなら何よりだよ」
「これっぽっちも堪えてねえってのも、ルーカスの奴も可哀想なのか幸せなのか解んねぇな」
「ブヒヒヒン!」
『……ぁぁぁ……』
お祝いには何を贈るのがよいだろうか。友人といってよいのかどうか判らないが、同年代で間違いなく一番親しくしてくれたであろうふたりに対して、何かしらのお祝いを渡したいと考える。
(お礼の意味も込めて、是非ともお役に立つものをお送りしたいのですが……だぜい……)
如何せん友人のいないエヴィには、何とも難しい問題であった。
(…………。王室の社交関連でやり取りするようなものしか解りませんわ……)
普通の友人に対して渡すお祝いの品とはどういうものが一般的なのだろうかと首を捻る。
「ここは見習いらしく、カチンコチンクッキーと幸運の護符セットでしょうか……?」
うーむ、と言いながらエヴィは魔法陣の解説書を手に取ることにした。
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