07 捜査の手、再び……!
そんなこんなであちらこちらが落ち着き、新しい生活に踏み出そうとしていた頃。
友好国である国の学校に、留学している王子様がおりました。――そう、エヴィの元婚約者・クリストファー王子である。
色々と勝手に暴走した結果、身分は王子のままであるものの、王太子になる予定は取りやめとなり、恋人とは離れ離れにさせられ、挙句留学させられることとなった御仁である。
「……どういうことなんだ、これは……」
故郷から届けられた手紙は、恋人である男爵令嬢、ミラからのもの。
ミラは王城にて様々なことを見聞きし、感じ、己の所業を悔い改めたのであった。
何よりもアドリーヌ(エヴィ)にしてしまったことに対し深い後悔と反省をし、国王に願い出て城を後にしたのである。
勝手なことをした報いとはいえ、人の命を奪ってしまった(……エヴィは生きているのだが)行動だったことを改めて突き付けられ、とてもクリストファーの横に立てるとは思えなかった。
それだけのことをしておいて無責任だと言われようが、クリストファーに恨まれようが、アドリーヌ(エヴィ)の代わりとして自分が挿げ替わることに、耐えられないと思ったのであった。
そこまで面の皮が厚くなかったことに小者とも言えるし、良心が残っていたとも言えるだろう。
一方的ともいえる別離を突き付けられたクリストファーは、深い絶望を感じずにはおれなかった。
離れていても変わらないと思っていた恋人の心は、たった数か月で離れてしまったのか。
何度問いかけたところで答えなど帰って来る筈もなく、心変わりなど信じられないし、信じたくもなかった。
(誰かに圧力をかけられたのかもしれない……!)
そうに決まっている。
クリストファーは、元恋人から届けられた手紙を強く握りしめた。渇いた小さな音がかすかに聞こえ、震える手のひらの中でくしゃくしゃに折り曲げられた。
(きっと味方がおらずに辛い思いをしたのだろう……すぐにでも大丈夫だと言ってやりたいが)
開け放たれた部屋の中から、窓の外を見る。
秋晴れの清々しい青い空がどこまでも広がり、より自分がみじめに感じた。
(どんなに離れていても、この空の下にミラがいるのだな)
男爵家で過ごしているのか、それとも――
少しでも愛しい恋人の消息が、行き先が記されていないか、折り曲げられた手紙を広げてはもう一度蒼い瞳を落とした。
クリストファーは父親に抗議の手紙を送ったが、詫びどころかお叱りの内容が届けられた。
腹立たしく思い丸めて壁に叩きつけたが、全く収まる気がしない。
(第一、なぜアヤツは勝手に王城を出たんだ!? 馬鹿じゃないのか? 結果行方不明になるのは自業自得だろう?)
王城を出たのはクリストファーが国外追放を言い渡したからなのだが……とはいえ、一般的に貴族令嬢が夜間に独りで街をうろつくことなどないであろう。自ら誘拐してくれといっているようなものだ。
クリストファーとて泣いて縋るか、精々馬車で実家に帰るかだろうと思っていたのだ。確かにそれが一般的である。
婚約破棄された身の上で戻り、実家で勘当されるか、国外の遠縁を頼って暮らすのかどうかは彼のあずかり知らぬところだが、まさか着の身着のまま本当に外へ出てしまうとは思ってもみなかった。
聞いた時は、本当は恐ろしく馬鹿なのではないかと思ったくらいである。
(アヤツがみつかれば、父上も少しは聞く耳をもつのかもしれないな)
どんな状況下に置かれているのかはわからない。もしかしたらもう生きてはいないかもしれないが、消息が分かれば多少は軟化するであろうと考えた。
******
「尋ね人~、尋ね人だよ~!」
小さな子供がビラを配っている。
丁度手の辺りに差し出されたのでついつい受け取ってしまったが、あの子どもはなかなかの配り手なのではないかと心密かに関心をする。
買い物ついでに店を冷かしていたハクは受け取った紙に瞳を落とした。
勿論もふもふの尻尾と耳は見えないように、妖力で上手いこと隠してある。
「アドリーヌ・シャトレ……十六歳。髪は亜麻色、碧色の瞳」
(……ふぅむ)
似顔絵はあまり似ているとは言えないが、年の頃といい色味といい、エヴィによく似ているように思える。
彼女の身のこなしは貴族――それもかなり身分の高い人間のものであろう。息をするように優雅な挨拶は、長年厳しく繰り返されたものであることを伺わせた。
ビラを読み進めれば、隣の国の伯爵令嬢らしい。連絡先とされていたのは隣の国の王子・クリストファーであった。
なぜか住所が違う国の住所が記されていたが、留学でもしているのであろうか。
(そうか、彼女は元王太子妃候補か……)
各国の情報に通じているハクは、クリストファーの婚約者の名前と風貌を頭の引き出しから引っ張り出した。
彼等は婚約解消になったと風の噂で聞いたが、何故、元王太子妃候補の貴族令嬢が他国で薬師見習いをしているのか。
「……訳アリだとしたら、面倒になる前に対処した方がいいかもしれないなぁ」
どうみても引っ掛かりを覚えるようなビラを片手に、考えるように呟いた。