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05 力比べ・後編

「邪魔するよ」

「ああ、来たのか」


 控室へ入ると、ルシファーは備え付けの簡素なテーブルの上で書類を広げていた。魔界も人間界と同じように執務があるのだなと関係のないことを思う。


 せめてお茶だけでもということなのか、美しい陶磁のカップに香り高いお茶が淹れられている。壁に控えるハゲタカの執事が淹れたのだろう。


「いつも通りだねえ」


 ハクの言葉にルシファーが片眉を上げる。

 それがどうした、というのか。それとも当たり前だろうとでも言うのか。


 おばば様によれば、騎士の御前試合と闘士や戦士といった戦いを生業をする人々の仕事、そして貴族が名誉をかけ行う決闘を足して割ったような物なのだという。


「……魔王様……」


 エヴィは呼びかけたものの、何といていいのか解らずに沈黙する。


 自分のせいでと言えばよいのか、申し訳ないと言えばいいのか。それとも怪我をしないようくれぐれも気を付けてくれと言えばいいのか……


「……そんな顔をしなくても大丈夫だ。全く問題ない」

 ルシファーは困り顔のエヴィに向かって苦笑いをする。


「関わると面倒なので放っておいたが、あまり増長させるのも良くないからな」

 そういうとルシファーは、執事に頷いて合図をする。


「皆様、宜しければ観覧席にご案内いたしましょう。防護壁が張られております特別席ですので、安心してご覧いただけます」

 



 歩けば靴音が響く。石で出来た床と壁は音を良く反響するのだろう。


「……大丈夫でしょうか……」

「魔王様も仰っておりましたが心配ございません。相手をする悪魔の方が心配でしょう」


 ハゲタカの執事は必要以上に心配するエヴィの様子にほっこりしながら穏やかに言った。


「そういえば、奴はどうしてたんだ?」

「経緯や理由を聞きまして、危険なので城の中にいていただきましたが、食事など充分な対応をさせていただきました」

「城の中って……」


 人を攻撃し、街に大きな穴ぼこを開けて引っ掴まえられていったのだ。まさか客人用の部屋で過ごしていた訳ではないであろう。


「まあ、多少寝床が堅かろうがカビ臭かろうが、喰うもん食ってたんなら大丈夫だろう」


 悪魔だしな、という。

 高位の魔族であることから、能力も体力も、なんなら治癒力すらも高いのだという。


「ブヒン!」

「万が一にも対応が悪く、ルシファー様に優位に働いた……などと言われては元も子もありませんからな」

『少し痛めつけてやった方が良かろう』


 可愛い顔の割に意外に毒を吐くフェンリルに向かって、ハクが苦笑いをした。


******


『ぁわぁぁぁぁぁ……!』


 扉を開けば、厚いガラスに覆われた大きな窓が見える。つなぎ目などがないそれは魔法で強化された防護ガラスなのだそうだ。


 すり鉢状の底はアリーナ――戦う舞台となっている。

 充分な可動域をとったのであろう目の前のそれは、結構な大きさが広がっていた。


 そして円が広がるかのような観覧席は、沢山の魔族で埋め尽くされていた。

 既に掛け声が上がり、高揚した雰囲気が会場を満たしている。


「……随分盛況だねぇ」

 おばば様の言葉に執事はゆっくりと同意をする。


「そうでございますね。……小さな小競り合いはございますものの、ここ二百年程は魔界も天下泰平、平和そのものでございますから。魔王様が皆の前で戦うことなどとんとございませんから、皆楽しみにしているのでしょう」

「…………」


 戦いを愉しむのは何も魔族だけでない。

 人間界でも闘士や戦士は戦うことや戦場を仕事場としているし、闘牛と戦う闘牛士マタドールだっている。


 ただ、王太子妃になるべく育てられたエヴィにとって人は慈しみ愛すべき対象だ。生まれ持ってので威嚇もあるのかもしれない。それこそ物心つく前から刷り込まれた考え方は平民となった今でも容易に変わることはない。


 生ける者が幸福で安全に暮らせるように――というのがエヴィの心からの願いである。


(誰も怪我をしませんように。無事に終わりますように――)


 エヴィは胸の前で手を組むと、そう心の底から願ったのであった。


******


 対戦する者が出入りする場所は東西南北四つに分かれている。


 エヴィ達の見守る観覧席の左側からオカマの悪魔が現れた。見た目は三日前と何も変わるることはなく、執事の言った通り怪我などはなく元気な様子だった。

 会場からは歓声とブーイングの両方が浴びせられる。しかしどこ吹く風で何でもないかのように受け流していた。


 間をおかずに右側からルシファーが現れた。会場中から大きな歓声が上がる。


 こちらもいつもと変わった様子はなく、というよりも服すらいつも通り、これから戦うなんて思えない簡素な執務服であった。


 闘技場を取り仕切る人物なのか、半魚人のような姿の男が力比べに至った経緯、悪魔の罪状、勝った場合の双方の希望を説明している。


 ルシファーはエヴィへの謝罪と、今後人間に危害を加えないこと。自分に付きまとわないことと罪状を受け入れることを勝った場合の条件とした。


 悪魔は人間エヴィの魔界立ち入りの禁止、人間界との断絶、自らの無罪放免。そしてルシファーと婚姻を結ぶことを条件とした。


「……婚姻……?」

 条件を聞いた会場がざわざわする。



「静粛に! それでは力比べを開始する!」


 半魚人が高く上げた右手を切って落とすように下げると、悪魔が大きく後ろへ下がった。

 そして声を張る。


「申し訳ありませんが、本気で行かせていただきますので!」

「当たり前だ」


 ルシファーは非常に不機嫌そうな顔で返答した。


「カレイドスコープ!」


 悪魔がそう詠唱すると、一瞬にして大勢の悪魔の姿が現れ、一斉にルシファーに襲い掛かった。

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