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05 力比べ・中編

「力比べって、何なのでしょうか?」


 魔界祭りから三日後、再び魔界に出掛けることになったエヴィ。

 狭間の森を抜けながら心配そうに呟いた。


 ルシファーから例の悪魔とケリをつけるので、善かったら観に来てもと連絡が来たのだ。


「魔族は基本、力で物事を解決しようとするからな」

「強い奴の言うことが正義って考えなわけさ」

 魔人とおばば様が説明する。


(力……)


 物理的な腕力だけでなく、知力や魔力なども含まれるらしい。

 いわば、総合的な能力のことらしいが……


 確かに、様々な能力を力というのだから、間違いではないであろう。己の持てる力を駆使して勝つ者が真の強者ということだ。(とはいえ、基本的には物理的な腕力や魔力が物を言うらしい)


「魔王・ルシファーはあまり力を誇示しない王なのだけどね。今回は魔力を持たないエヴィが絡むから、その身に危険が生じないように周囲に見せつける狙いもあるんじゃないかな?」


 ハクの言葉に、エヴィは顔を曇らせた。


「私のせいで……」

「ブヒヒン!」


 ユニコーンが優しく蹄をエヴィの肩に乗せ、首を横に振る。

 ――エヴィのせいではない、とでも言いたげである。


『魔王が悪魔如きにやられるわけないから気にすることなどない』

『……ぁぁぁぁぁ、ぅぁぁ!』

「そうだね。悪魔がひっついて面倒だったから、ここぞとばかりに付きまといを止めるように条件付けするかもしれないね」

『ぅぁぁぁ!』


 ハクが足元でちょこちょこと脚を動かしているマンドラゴラに頷いた。

 魔物(片方は妖怪らしいが)同士、言っていることが解かるようである。


「魔王様なら、穏便に(?)悪魔さんに処分を言い渡すなど出来ないものなのでしょうか」

「出来るだろうけどね。秘密裏というか、他の目のないところで処分を言い渡してお終いでは足りないと思ったんだろうねぇ」

「市民感情を考えてある程度自由にさせておいてるが、ああ見えて本来はめっちゃ好戦的だからな。面倒だからボコッちまおうぜってことなんだろうぜ?」


 魔人がとんでもないことを何でもないように言って纏めた。




 闘技場の周辺に着くと、商機を逃さんとすべく利に聡い商人タイプの魔族たちがこぞって露店を出していた。


「エヴィにおばば様じゃないの!」


 旅の一座も例外ではないようで、今日は軽食売りと化して丸い何かを焼いたものと酒を販売している。


 看板を見れば、『今日の目玉』と書いてある。


(…………。食事処で見る『今日の目玉定食』とかけているのかしら……)


 こんがりと焼かれ、ソースが塗られ薬味がかけられているが。これは形状的に本物の目玉なのかもしれないと思うエヴィであった。


「みんなも力比べを観に来たのかい?」

「盛況なようだねぇ」


 おばば様の言葉に踊り子が頷く。


「そりゃあねぇ。あの魔王様が力比べなんてさ!」


 困ったように眉を下げるエヴィをちらりと見て、踊り子が苦笑いをした。


「魔王様は強いから大丈夫だよ」

「……はい……」



******


 三日前、ハゲワシの大群によって魔王城に収監された悪魔は、エヴィ達が帰った後にルシファー直々に取り調べられることになった。

 反省の弁や態度どころか、聞くに堪えない言葉の数々が口から溢れ出ては零れて行く。


 ルシファーはため息とともに確認の言葉を口にした。


「……それでは、謝罪する気も悔い改めるつもりもないのだな?」

 冷え冷えとした口調と態度のルシファーに、悪魔は熱く語り掛けた。


「なぜ人間なんかに謝罪しなくてはならないのですか? ……人間ですよ。弱くて強欲で、小賢しい生き物!」


 忌々しそうに吐き捨てる。

 本来綺麗な顔は醜く歪み、なるほど、内面が顔に出るとはよく言ったものだなとルシファーは感心をした。


 そんなことを思っているとは露知らず、悪魔はなおもルシファーの目を覚まそうと一生懸命に言葉を継ぐむ。


「ルシファー様♡、目を覚ましてください! 人間の娘のどこがいいのですか!?」

「…………。魔族にも善き者と悪き者がいるように、人間にもそれぞれ違いがある。いつか再び隣人として、良い関係が築けるようになればと考えている」


 ――そうなるまでには今しばらく時間はかかるであろうが。

 そうルシファーが考えていると、焦れたような言い含めるかのような言葉が投げつけられた。


「ルシファー様♡は騙されているんですよ? もっとあなたを愛している者がおりますのに……っ」


 この状況に置いてまでシナを作る悪魔にため息を呑み込みつつ、目の前の悪魔を見つめた。


「この儂が騙されていると? ……ハッ、随分見くびられたものだ」


 赤い瞳が眇められる。

「生憎、騙そうとする者の嘘はこの目がお見通しだ。それに幾ら想いを重ねられようとお前の気持ちに応えるつもりはない」


 改めてはっきりと言い捨てられ、悪魔は顔を歪めた。


「応える道理もない!」

「こちらも要望に応える気はございません!」


 平行線だ、と思う。


「…………。それでは選べ。大人しく沙汰を受けるか。力比べで叩きのめされるか」


 淡々と話すルシファーの言葉に顔を上げる。


「……力比べ……?」

「皆の前で打ちのめされるか?」


 力の差は歴然であろうというもの。

 魔王に負けたとて仕方がないことであろうが、魔王に逆らったことは消えない。負けた後の処遇はより酷いものとなるであろう。


 最悪、命がないやもしれぬ。


 しかし、魔王との手合わせは魅力的であった。――少なくとも悪魔にはそう思えた。

 戦いには万が一がつきものなのだ。ただ罰を受けるよりも。


「――もしワタシが勝てば、ワタシの希望を叶えてくださいますか?」


 ルシファーはピクリと眉を動かした。


「無罪放免以外に希望があるのか?」

「あなたをワタシのモノに♡」


(……狂っている……)


 ルシファーも執事も衛兵も。捨て鉢なのか気が違えたのか、はたまた本当に勝つ気でいるのか。

 薄く笑う悪魔を見ては口を引き結んだ。


「いいだろう。元々力比べは双方の希望を提示するものだ。儂からも希望を提示させて貰おう」


 喜色を浮かべた悪魔に冷たく言い放つ。


「『魔王』の温情に逆らうばかりか、数々の無礼、思い知れ」


 ルシファーは衛兵に向かって手を払う。牢へ連れて行くべく悪魔の腕を掴む。

 笑みを浮かべる悪魔を顧みることなく立ち上がり背を向けた。


「追って期日を伝える」


 ケリをつけてやる――お互いにそう思いながら、背を向け部屋を出た。

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