04 魔王城再び・後編
「!?」
今まで見たこともないようなルシファーの柔らかい表情に、エヴィ以外の全員が心底驚いた。
一番最初に正気を取り戻したのはハゲワシの執事である。
ニコニコと微笑みながら、下心が満載だろう揉み手をする。
「魔王様は魔力・能力だけでなく、この見目もあって同性にも異性にもモテモテなのでございます!」
「……誰に対してプレゼンしているのか知らないけど、多分効果はないよ?」
「同性にも異性にもって、いいのか悪いのかわかんねぇな」
おばば様と魔人がすげなく言い捨てる。
「却って厄介だねぇ」
「ブヒフン!」
踊り子とユニコーンが呟き、ルシファーとエヴィ以外の全員が頷く。
「早く身を固めていただけるとよいのですが……(ちらっ)」
言いながら、わかり易すぎるだろうというジェスチャーでエヴィを見る。
「?」
(…………。手強い……!)
肝心のエヴィだけが全く何にも感じ取っていないらしく、澄んだ瞳で首を傾げていた。
(そして周囲との温度差が酷い……!)
これ以上わかり易くって、一体全体どうすればいいのだろうか。そう執事は頭を悩ませる。
幼い頃から仕える主の幸せを願う執事であるが、ルシファーとしてはこれまたうんざりな言葉であった。嫌そうに右手を払う。
「止めよ」
「失礼いたしました」
ルシファーが不機嫌そうな表情で言うと、言葉では恭しくしているものの、全くもってしれっとした表情で口を閉じた。
(……まあ、そうですわよね。お若く見えますけど、十万十八歳? ですもの。だぜい)
魔族の十万歳が人間のどの程度に匹敵するのかは解らないが、それなりに高齢であろうとエヴィは推測した。よって、それはそれは周りも心配するのだろうと結論付ける。
そんな余計な(?)勘定は出来るのに、自分に寄せられる好意だけ全く感知できないというのはどういう了見なのかと呆れを通り越して感心するしかない。
もちろん、ハゲワシの執事が己に向かってプレゼンをしているとは露にも思っていないわけで。
(……おいたわしや、ルシファー様……)
ハゲワシはホロリと心の中で涙を流し、己の主を見た。
******
「祭りは楽しめたか?」
「はい。個性的な食べ物が沢山ありました!」
全員でお茶と軽食を摘まみながら、ルシファーに祭りの感想を聞かせていた。
テーブルの上には美しく飾られたケーキに、繊細な模様が美しいアイシングクッキー、クリームチーズの白とサーモンのオレンジ色、ディルの葉の緑という色鮮やかなカナッペなどが彩り良く並んでいる。
「個性的?」
首を傾げるルシファーに、エヴィが説明をする。
「尖がった耳軟骨揚げとか、吸血花の蜜入りカステラ焼きとか?」
「……ああ、あれか……。あれは魔族でも食べる奴と食べない奴がいるな」
ルシファーは微妙そうな表情で答えた。
表情を見るに、彼は食べない方の魔族なのであろうか。
「露店で売っているから、てっきり国民的――魔界的(?)な食べ物なのかと思いました!」
人間界でいう祭りの串焼きや飴細工などと同じくくりであるかと考えていたが、違ったらしい。
「耳、コリコリしていてちょっとピリッとして、結構美味しいけどね?」
美しい笑顔のハクに、大半の者が恐怖を感じ、キュッと口を窄めた。
「芳醇な香りのカステラも美味しゅうございます」
ハゲタカの執事だけが同意と頷いている。
「そうか……? 旨かったなら何よりだな」
魔王の表情がドン引いて見えるが気のせいだろうか。
それにしても、とおばば様がルシファーを見る。
「痴情のもつれで悪魔が人間に攻撃するなんて、いただけないねぇ」
そうそう人間と悪魔が関わることはないであろうが。守りがあったとはいえ躊躇なく攻撃されることにはひと言物申したかったのだろう。
「確かに。魔族たちには人間や動物など、か弱きものに安易に攻撃をしないよう、再度周知を徹底しようと思う」
生真面目に答えるルシファー。取りなすように踊り子が口を開いた。
「あの悪魔、魔王様に纏わりついているって噂になっていた奴だろう?」
「纏わりついていたって、アンタそっちの気もあんのか?」
魔人が特別に作ってもらった肉サンドを頬張りながら首を捻る。
「そんな訳あるまい? 幾ら迷惑だといっても引かず、困っていたところなのだ」
魔王というと容赦なく力でねじ伏せるイメージだが、ルシファーは意外にも(?)平和主義者のようだ。
「構うと何倍にもなって返ってくるので、最近は相手にしないことにしていたのだが。まさかそのせいでエヴィに飛び火するとは……」
『どうするのだ? 通行証という名の防御&保護魔法で守りを固めてるとは言え、このまま放って置くと反人間派みたいな奴らが助長するのではないか?』
「ありゃ、みんな黙っていたのに言っちゃったよ」
「そこはサラッと知らないフリをしておやりよ」
踊り子とおばば様がコソコソと……完全に聞こえているが……言った。
「……そうだな。まあ、魔族なら魔族らしく……が一番早いだろう」
静かにそういった顔は、見れば冷え冷えとした冷気を纏っていた。
「ブ、ブヒヒン!」
「……よっぽどうんざりしていたんだねぇ」
引き気味のユニコーンに対して、踊り子が何度も頷く。
それを聞いた魔人が骨付き肉を三本一度に食べながら訂正する。
「揶揄われて怒ってるんだろう?」
「いやいや、エヴィを狙われたからだよね?」
止せばいいのに、ハクも楽しそうに話に加わる。
「……お前たちも、纏めて一緒に戦うか?」
ルシファーが、これでもかと言わんばかりに低い声で問うた。




