02 再会
遠くの空には稲光が走って見える。
真っ暗ではないものの深く雲が垂れ込めたような空の下、活気に満ちた声が響いていた。
「……いつも雨が降りそうですが、魔界では降らないのですか?」
エヴィが灰色の空を見上げて問いかける。
「魔界が晴れているところなんて見たことがないけどねぇ」
「たまに降るらしいぞ。確か、ちゃんと嵐もあるって聞いたことがあるな」
おばば様と魔人が微かな記憶を思い出すように、視線をやや右上に向けながら答えた。
魔界の嵐と聞くと何やら凄いもののように感じるが、実際はどうなのであろうか。
エヴィの中では、魔界といえば大抵曇っており、遠くに高くそびえる切り立った山なのか崖なのかの辺りに雷が稲光いているイメージなのであるが……そんないつも通りの空模様だったが、魔界の城下町はなかなかに賑わっていた。
『魔界祭り』――そう、血文字のような色合いと滴り具合で描かれた看板を見遣り、楽しそうに過ごす魔族たちを見る。
(やはり、魔族も人間も、お祭りは楽しいのですね!)
人間界のお祭りと同じように露店が並び、買い物を楽しむ姿が見受けられる。
山小屋へお使いにやって来る子ども達がエヴィ達に気がつき、手を振りながらお目当ての店へと走って行く。エヴィは微笑みながら手を振り返した。
何度か魔界に遊びに来るうちに、子ども達以外にも見知った顔が出来た。
初めは『噂の人間』を遠巻きにしていた魔族たちも、特に問題も起こさず大人しく過ごしているのを見ると、次第に特に気にし過ぎることもなく普通に対応してくれるようになったのだ。
「耳軟骨揚げだよ~! コリコリの珍味だよ!」
「吸血花の蜜入りカステラ焼きはいかがですかぁ」
「…………」
元の食材が何なのかどんななのか非常に気になるが、尖った耳の形そのままなスパイシーな揚げものや、真っ赤な蜜の色をしたカステラなど……おどろおどろしいそれらを見ては静かに目を逸らした。
「……フェンリルさんは、何かいりますか?」
小さな子どもの姿であるフェンリルに聞いてみる。フェンリルは嫌そうな顔で首を振った。
『……我は要らぬ……』
本来食べることが大好きなフェンリルであるが、もろに耳な揚げ物やら血の色のカステラやらをちらりとみては、見事なほどにしおしおと萎れ、見えない耳としっぽまでシンナリと垂れているのが見えるようだ。
同じことを問うためにそのままマンドラゴラに視線を移せば、青ざめたような表情で首を振られた。
『……ぁぁぁぁぁ……!』
一応日々の労いも込めユニコーンの顔を見る。
前脚で大きくバッテンを作っては、やはり荒い鼻息と共に激しく首を振っている。
「ヘンなもん喰うと腹壊すぞ」
魔人は呆れたように言い捨ててはボリボリとお腹を掻く。
そんなみんなのやり取りを黙ってニコニコと見ていたハクが、何でもないことのようにポツリと宣った。
「……あれはあれで、なかなか旨いもんだけどね?」
「えっ……!?」
全員がハクを凝視するが、どこ吹く風と口をVの字にして小首を傾げた。
******
「おや、エヴィじゃないか! 遂に魔界にまで進出したのかい?」
見覚えのあるテントが視界を掠め目印とばかりに向かって歩けば、案の定旅の一座の『お姉さん』がいた。その他にも見覚えのある顔がちらほらといて、一座とおばば様、魔人などそれぞれが軽く挨拶を交わす。
大陸中の至る場所、国と街を渡り歩いていると聞いたが、まさか狭間の森を抜けて魔界にまで来ているとは思わなかったエヴィだ。
「一座は魔界へも出張するのですか?」
「まあね。というか、ここはアタシの故郷だからね」
「??」
呑み込めないように碧色の瞳を瞬かせるエヴィを見て、顔見知りの女は楽しそうに笑った。
一座の踊り子だという女は、いつも露出の高い格好をしている。異国風のハーレムパンツは薄布が重ねられており、お腹を出した煽情的な格好と相まって、何ともなまめかしい。
思わず寒くはないのかと心配しそうになるが、常に天気が悪い替わりなのか、気温は一定温度に保たれているようで薄着でも問題なさそうである。
「そいつは魔族なんだよ。人化の術で鱗を消しているけれど、立派なリザードンさ」
おばば様の言葉に頷くと、女は指を鳴らす。
一瞬にして両腕は薄い水色の鱗に覆われ、足と足の隙間から、シュルリとした長いしっぽが覗いていた。
再び思ってもみない事態に、エヴィは元々丸い瞳と小さな口をまん丸に開けて固まっている。
心なしか瞳も縦に瞳孔が伸びた踊り子は、なるほど、トカゲっぽい風貌に変化していた。
「…………大丈夫かい? 怖くない?」
微笑みながらも気遣わし気に訊ねる踊り子に、エヴィはコクコクと頷いた。
「全然怖くはないですが、びっくりしました!」
「人間界で過ごすのには、人間の格好をした方が軋轢が少ないからね」
そう言っては肩をすくめて苦笑いをする。
確かにそれはそうだろうとエヴィも思う。
(人間は異質なものに敏感な生き物ですからね……)
もう少し寛容でもいいのではないかと思うものの、人は弱く臆病な生き物なのだと理解もしている。
エヴィは踊り子の腕に顔を近づけては、まじまじと美しい色合いの肌を観察した。
「凄いですね! 鱗もとても綺麗ですし、完璧な人化の術!」
すべすべの鱗は薄っすらと輝いているし、何よりも長時間人間の姿を保っていられる魔力が凄いと感心するばかりだった。
踊り子は踊り子で、驚くどころか鱗だらけの姿を見て『綺麗』と言うだけでなく、人化の術の方に意識が行くエヴィに驚くばかりだった。
「……まあ、ちょっと普通とは違う子だとは思ってたけど……ふはは!」
踊り子は苦笑いから本気の笑いに変化して、お腹を抱えて笑い出す。
旅の一座もおばば様一行も、嬉しそうな呆れたような、はたまた安心した様子で苦笑いをしていた。
「????」




