06 九尾のキツネがやって来た・後編
「実はね、この辺りの狐たちがエヴィを気にしていてね。おばば様のところに心根の美しい子どもが来たんだけど、大丈夫だろうかって。定期的に何頭か交代で様子を見に来てるらしいんだけど」
そう言ってハクが自分の後ろにいる何かを撫でる仕草をした。
よく見ればいつものキツネだろうか、ふさふさの尻尾の後ろに隠れ、小さな顔を覗かせている。
「まあ。キツネさん! 心配してくれていたのね。……おばば様と魔人さんは優しいので、大丈夫ですよ?」
前半はハクに、後半は隠れて様子を窺っているキツネに向かって言う。
キツネは一瞬エヴィを凝視すると、フイッと後ろを向いてしまった。
「おやおや、恥ずかしがっているねえ」
ククク、と喉の奥で忍び笑いをすると、抗議するかのように頭を左右に振っている。
ハクは宥めるように黄色の背中を撫でた。
「初めてこちらにお伺いした時に、キツネさんがいたのです。呼びかけたら逃げてしまったのですけど」
「狐に限らず、野生の獣は警戒心が強いからね」
警戒心を持ちつつも、子ども――子どもというほど小さくもないエヴィを心配して交代で確認に来てくれるとは、なかなか可愛らしいところのある子たちだ。
「何が心配だって言うんだい? 失礼な狐だね」
「狐は昔からイケ好かねぇんだ。狐汁にして食っちまおうぜ」
おばば様と魔人が揃いも揃って凶悪な顔でそう言うと、狐の子は全身の毛を逆立てて威嚇する。
ハクは苦笑いをしながらふたりを諌めた。
「またそうやって……。エヴィのいう通り、フランソワーズと魔人が意外にいい人なのは確かだよね?」
「ふらんそわーず」
同意するよりも、思わず名前らしきものを復唱する。
ふらんそわーず。
もう一度心の中で復唱した。
もしかしてと、エヴィは目線だけ動かしておばば様を見遣る。
おばば様が嫌そうに……だけど恥ずかしいのか顔を赤くして怒鳴った。
「勝手に人の名を呼び捨てるんじゃないよ!」
居心地が悪そうにしている狐の子に扉を開けると、一目散に飛び出しては少し先で止まり、後ろを振り返った。
「心配しなくても大丈夫だよ、私がいるからね。気を付けて山にお帰り」
ハクの声掛けに頷くように頭を下げ、何度か振り返りながら山へと戻って行った。
「ふふふ。余程あの子たちに気に入られたんだね」
「そうなのでしょうか? ちっとも慣れてくれないので、警戒されているのだと思っていました」
手を振るエヴィはそう言われ、ハクに向かって小首を傾げた。
再び小屋の中へ入り、椅子に座る。
すかさずおばば様がお茶を出す。……例の薬草茶だ。
凄まじい臭いが周囲に漂っている。
「…………」
ハクは三秒ほどカップを見つめると、何も言わずにおばば様へお茶を押し返す。
「いつまでこっちにいるんだい」
「決めていないんだ。東の国は今平和だからね、暫くのんびりしようかと思ってね」
「それで珍しい薬草でも調達に来たって訳かい」
「そんなところだね。長いこと向こうに引っ込んでいたから、久しぶりに昔馴染みとも会いたかったしね」
にこり微笑むハクに、魔人が呆れた風に言い返す。
「妖怪の類は、普通は自分のテリトリーにいるもんだけどな」
「せっかく潤沢な妖力があるのに、少しくらい遠出したって問題ないと思うけどね」
全くめげないハクはにっこりと笑い返した。
全然おもてなしをする様子がないが、いいのだろうかとエヴィが迷っていると、ハクが興味津々で話し掛けてくる。
「エヴィはフランソワーズの親戚か何か?」
「いえ。色々と助けていただいて。今は薬師見習いとしてお手伝いさせていただいているのです」
「薬師見習い……フランソワーズが弟子を取るなんて珍しいね」
「まあね。その子は勉強家なうえに努力家だからねえ……知識の吸収量が半端ないんだよ」
「ふうん。私も東方の薬師だから、エヴィの気が向いたら漢方について教えてあげれるよ」
「まあ! よろしいのですか?」
エヴィはハクとおばば様、そして魔人の顔を交互に見比べた。
「引き出しは多い方がいいだろうからね。両方の良いところを組み合わせたらいいさ」
「そいつも知識だけはなかなかだから、エヴィの暇つぶしになんだろう」
「もちろん、努力家な子には幾らでも教えてあげるよ」
三人はさも当然といった様子だった。
そしてハクは、にこにこと楽しそうにそう言った。