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24 魔塔からの召喚・前編

 未曾有の流行病の蔓延と言われた今回、特効薬などある筈もなく、誰もが荒廃して行く人や街を見るばかりかと少し前までは多くの人々が想像する状況であったのだが。


 大陸唯一の大魔法使いフラメルをはじめ、魔塔の魔法使いと魔術師たちの活躍、そして謎の治療師たち(隠遁している大魔法使いたちである――おばば様除く)、有志の薬師たちが貴重な薬を惜しげもなく配布してくれたおかげで、大陸に住まう人々は事なきを得たのであった。


 一月足らずで流行病は終息をみせ、現在は通常の生活を取り戻しつつある。

自分たちのために尽力してくれた魔法使いたちや薬師たちに感謝する人々は、食べ物や素材などを、お礼として納める姿があちこちで見受けられた。



 そんな平静を取り戻した山小屋に、南の大魔法使いことフラメルから通信魔法が入った。


「魔塔の奴らが、今回の発案者に話を聞きたいらしい」

「…………。来なすったね。そんなん、お前さんで食い止めてナンボだろう?」


 新しい魔法の解釈と、結界に関するあれこれを提示したため、姿を隠している大魔法使いが動いたと思ったのだろう。


 隠遁する大魔法使いに追及が起こった際、彼等の興味や追及、矛先を別のものに向けさせるのが、魔塔に属する大魔法使いの暗黙の役目である。


「勿論手は尽くしたさ! だけど奴らだって素人じゃないんだ……というか、魔力が少ない分、解明や研究に極度に執着している人間たちだぞ? 幾ら取り繕っても僕が考えたものかどうかなんて丸解りなんだよ!」

「…………」


 おばば様はジト目でフラメルを見ながらも、確かにと思う訳で。


 魔塔の魔法使いと魔術師は魔法に関することを研究する、いわばエリート集団である。研究と修練を重ねに重ね、いづれは大魔法使い(もしくは大魔術師)を目指している集団だ。


 大魔法使いになるのに明確な資格がある訳ではないが、そう呼ばれるまでになるには努力だけでなく持って生まれた魔力やセンスと言う面も大きい訳なのだが。

 それを解っていながらも夢をあきらめきれない、もうズバリ言えば魔法オタクの巣窟なのである。それこそ回路の引き方を見て、『これは〇〇の設計、こっちは△△』と解る奴らがいるレベルなのだ。


「弟子を表に出せない訳でもあるのかと思って、ちょっと調べさせてもらったけど。彼女の出自が確認できなかったよ。……些か引っ掛かる人物は、隣国に約一名いたけどね」

「…………。余計なことするんじゃないよ」


 おばば様は声を低くする。

 フラメルは彼女の怒りを遮るように、両手を前に突き出した。


「誤解しないでほしいね。今のまま野放しにすると『引っ掛かる』では済まなくなるって言ってるんだ。魔塔の人間はあくまで魔法ファーストだからね。こっちに都合のよい条件を叩きつけて、丸め込む――他国の権力者たちに目をつけられるよりも魔塔を味方につけた方が得策だと思うよ」


 そこそこ大きな魔法や魔術が使える人間は貴重だ。

 フラメル以降大魔法使いが誕生していない訳で、幾ら技術力が発達して来ているとはいえ、世の中の安定のためにも優秀な魔法使いを確保したいと思っているお偉いさんは沢山いることだろう。


「もしも彼女が僕の思うご令嬢であるとするならば、国を出たところで厄介な奴らにみつかったら身分を戻され取り込まれかねないよ。魔力がなくったって金のなる木だ。そんなこんなを避けたくてそんな辺鄙なところにいるんだろう? それなら魔塔を味方につけた方がマシだと思うけどね。奴らは変人の集まりだけど、魔法を心から愛している変人だよ。」


 魔塔はある種治外法権だ。


 もちろん犯罪は犯罪で罰せられるし、今回のように国に多くの損害が発生しそうなときは国や王家、関係各所と協力体制をとることは義務である訳だが、普段のあれこれは他の権力の干渉を受けないこととなっている。


 大陸中の国から優秀な人材が集めているため、特定の国の力が発揮しがたいということもある。下手に出しゃばると国同士のいざこざになったり総スカンを食ったりと面倒なことにしかならないからだ。

 また普通の機関のように目見見えるものを扱うことが少ないため、活動内容の説明が難しいということもある。


 なので外から見ると、中で何をやっているのか解らない団体と言われている。


 魔塔に入る場合、国や権力者の干渉を受けない代わりに、他者に故意に不利益を与えないという契約魔法を結ぶことになっている。

 大きな力を持つ魔法使いが悪意あることに利用されることを防ぐためと、逆に国家転覆や謀反を考えたり、むやみやたらに人を傷つけたり、悪事にその力を利用しないためである。 


「同じ魔法を愛する者を無碍にはしないよ。だって魔塔側は大魔法使いたちが本当は生きていることを知っていて黙認しているんだからね」


 細かな場所まではともかく、各国の王もうすうす感づいていることだろう。

 契約魔法で縛られているのでそう不味いことは出来ないということもあるが、隠遁生活を認めることで引き換えに多大な貢献をしていることと、過去の裏切らないという実績から、現在の均衡を崩さないように黙認しているのである。


「エヴィ嬢は魔術師になる魔力すらも無いので通常魔塔には入れない。だからこそある意味自由な訳なんだけれども。魔塔の人間が厄介なお偉いさんに上手いこと誤魔化す為にも、彼等に会わせておくのは悪いことじゃないと思うけどね」

「……アタシが出向くんじゃ駄目なのかい?」


 おばば様の言葉に、フラメルが一瞬目を瞠った。


「伝説の大魔法使い・フランソワーズが生きているって説明するの? 本気?」

「…………」


 黙り込んだおばば様にフラメルが言い含めるように続けた。


「せっかく静かに暮らしているんだから、弟子は可愛いんだろうけどよく考えなよ。それに大魔法使いフランソワーズの手跡は研究され尽くしているから、違う人間が設計したものだということは残念ながら魔塔側の人間は解っている筈だろ」

「随分言うようになったじゃないか」


 諦めたようにおばば様はため息をつく。フラメルが言っていることは大きくはずれてはいない。


「まあ、あなたに比べたら鼻タレ小僧だとしても、僕ももう八十だからね。魔塔との付き合いも長いから、奴らが思ったより悪い奴らじゃないってことも知っているつもりさ」

「……あの子に不都合なことをしたら、契約魔法があったって容赦しないよ」


 フラメルが苦笑いをしながら頷いた。


「解っているよ。まあ、そんな事にはならないから大丈夫だよ」


 詳細は手紙に書いてあると言いながら通信を切る。

 自室に引っ込んで話をしていたため、部屋は酷く静かになった。


「魔塔に行くことになるなんてね」


 手伝ってやるんじゃなかったと思いながら、おばば様は眉間の皺をさらに深くした。


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