22 大魔法使いの秘密
ヨレヨレになったフラメルは意地でもって転移魔法を発動し、何とか帰っていた。
……その、急激に枯れたような背中を全員で見送る。
「何だかんだで腐っても大魔法使いだな。あれだけの回路刻まされて転移できるんだな」
腐ってるけどな、と魔人が付け加えた。
「三人の大魔法使いにも伝えておかないとねぇ」
そう言いながら指を鳴らし、通信魔法の蝶を出す。
蝶はひらひらとそれぞれの方向に飛び立って行く。
「いい仕事をしたね、エヴィ」
「ハク様のおかげです! とても楽しかったですね?」
一方でやり切った感満載のエヴィが、輝くような笑顔を見せている。それを見たハクもふさふさのしっぽをゆったりと左右に揺らしているのだが。
今回の魔法陣改ざん……改定計画を受け、聖女が抜けた場所に補助の魔法陣を置いているだろうとおばば様は予想をしていた。
場合によっては遺骸の一部を聖なるものとして利用しているかもしれないとも考えていた。
そしてその案に則って対策を練っていたふたり。
結果、その通りだった訳だが、考える時間があった為か、恐ろしいほどの回路が設計されていたのであった。初めて回路を作ってから時間が経っているというのもあるのだろう、精度と開発速度も増していたのは言うまでもない。
回路を刻む素材もハクが魔界ギルドを利用して、かなりの上物を用意していた。
「なんなら、料金は魔塔につけておけばいいだろう」
コキコキと首を鳴らしながら魔人が言う。元々そのつもりのおばば様とハクであるが。
萎びたフラメルの姿と、やけにイキイキとしているエヴィの格差にため息をついたおばば様が自動かまどを見た。
「南の奴のために、回復ポーションを山ほど作らないとだねぇ」
これから攻撃治癒魔法で治癒三昧の日々が始まるのであろう。攻撃魔法ならフラメルもそこそこ得意な筈だ。
情報として他の大魔法使いにも話すつもりでいる。
フラメルだけで対応出来ない人々を、こっそりと対応するのも各地の大魔法使いの役目である。
転移魔法で瞬間移動が出来るとはいえ、一日にそう何度も移動するのもしんどい筈で。ましてや端から端にしていたのでは、本当に魔力切れを起こしてしまうだろう。
(まあ、結界のこともあるけれど、万が一のために端っこにいるんだしね)
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「へえ、そんなことがあったのね」
北の大魔法使いが水晶玉の中でニヤニヤと笑っている。
「南の坊やもさぞ大変だったのね」
妖艶な笑みを浮かべる北の大魔法使いは二百歳を越える筈だが、見た目は四十に届くかというくらいにしか見えない美熟女である。
「…………。坊やって、奴ももう八十だけどねぇ」
「相変わらず年寄りの姿をしているの?」
「ああ。禿げあがったジジイだったよ」
「……魔力が少なくて、年相応に老け込んでいるって訳じゃないのよね?」
北の大魔法使いは心配そうに首を傾げた。
おばば様は首を横に振る。
「一応大魔法使いを名乗るからには、それなりの魔力を持っているからねぇ。まあ、周囲に違和感を抱かせないための格好付けさ。許されるならそのうちどこかで隠遁生活を送るつもりなんだろうけどねぇ」
極一部の者にしか知られていないことだが、魔力が多すぎる人たちはある一定の年齢に達すると、どういう訳か老化がゆっくりになるのだ。
魔法を使い過ぎ魔力を増やし過ぎて人間の範疇から外れてしまうのか、それともその能力を人のために使えという高位なる何者かの意図なのかは解らないが。
「でも、南の坊やが記録上現存する最後の大魔法使いなんでしょう? 隠遁生活なんて出来るのかしらねぇ」
過去、大魔法使いと呼ばれた者たちはフラメルと同じように変身魔法で年相応の姿に偽装し、程々の年齢で亡くなったことにしては表舞台から去って行ったのだ。
長い時間姿が変わらず、他の人間の数倍も生きる存在など気味が悪いだけ。かつて不老不死の秘密を探ろうとして恐ろしい目に遭っては、命からがら逃げだしたという先人もいたのだ。
勿論不老不死な筈はなく、ゆっくり老い、普通よりもずっと年齢を経てから亡くなるというだけのことである。
人々に恐怖を与えないためと、大きな魔力を持った者が長い時間存在すると知った輩にその存在を悪用されないよう、大魔法使いたちは時機を見計らっては、そっと表舞台から消えることにしているのだ。
時が流れ技術が進み、段々と魔力を持つ人間も減った。科学の発達に比例するように魔力を持つ人間の魔力量も少ない者が増えている。
この数十年、新たな大魔法使いは誕生していない。
「そんなに心配なら、アンタが人生一周代わってやるかだね」
子どもの姿となり、急に現れた期待のニューフェイスとして数十年程表舞台で過ごす。適当な時期に新たな大魔法使いとして名声を得て役目を終えた後、再び隠遁生活に戻るのだ。
「ええ? 私よりもおばば様の方が順当じゃない? ……そう言えばおばば様、幾つになったんだっけ」
北の大魔法使いは形良い唇を尖らせた後、小さく首を傾げた。
「さあね。重要機密事項だよ」
「……ケチねぇ」
にべもないおばば様の様子に、北の大魔法使いは苦笑いをした。そして口を開く。
「ずっと疑問なんだけど。どうして聖女だけが、魔力が多くても人の理の中から外れないのかしらね」
ふたりは最後の聖女を思い浮かべた。
優しい微笑みの似合う、まさに聖女という言葉が似合う女性だった。
「……さあねぇ。まあ、『聖女』はなかなかに重労働だからね……ある程度で開放してやらないと可哀相だよ」
生涯をかけて他者のために祈り、信仰の対象として生きるのだ。自由はあってないようなものであり、権力もあってないようなものである。
聖女は優しく清貧であり、いついかなる時も愛情深い存在なのだ。求められるものが多すぎる。
「とにかく了解よ。結界の件は助かるし、攻撃治癒魔法だっけ? それも爆散しないようにちょっと練習してみるわ」
そう言って壁の端に生えるカビに向かい、カビだけ消えろと念じながらサラサラと詠唱してみるが、見事に壁に穴が開いたのはご愛敬だ。
「…………」
もわもわと土壁の誇りが立つ中、北の大魔法使いはオホホホと作り笑いでもって取り繕う。
「それにしても面白いことを考えるのねぇ。今度可愛いお弟子ちゃんにも会わせてよ。魔人にも会いたいし」
「わかったよ。エヴィも喜ぶだろうからねぇ」
相変わらずの仏頂面であるが、おばば様の皺に埋もれる眼光鋭い瞳が微かに緩んだのを見て、北の大魔法使いの唇は艶やかに弧を描いた。




