21 南の大魔法使い・後編
「攻撃魔法で原因物質をやっつける……?」
「はい。可能だと思うのですが、フラメル様はどう思われますか?」
最初こそ手当たり次第に質問をぶつけてみたフラメルであったが、すぐさまそれを改めた。
魔力馬鹿のおばば様が異常なだけであって、フラメル自身は普通の大魔法使いである。
別段彼が劣っている訳ではないのだ。その大魔法使いから見ても、エヴィの魔法関連の知識は充分であると思う。
その知識量は初級から中級魔術師程度と考えられた。
――初級から中級程度とさも簡単に言っているが、身につけるには年単位の学習が必要であろう。
個人差はあるにしても、とても数か月で覚えられる分量でも内容でもない。
魔法や魔術の世界は上限があってないものであるため、一生学びであると思っている。
(…………。これだけの知識があるにもかかわらずこの魔力量とは……)
トホホである。
優秀な魔法使いは幾らいたってよい。見どころのある新人はいつだってウェルカムである。数十年にひとりの逸材である筈なのに……
そして先程の確認に戻る。
幾ら魔法はイメージだとはいえ、こうも真反対の魔法を同じ魔法に落とし込む人間は初めてである。
「その魔法は、おばば様がするよりも他の大魔法使いたちにやらせる方がいいだろうと思う」
何のことはない。仮に出来たとして、結局対象物がついていた個体諸々が飛散する未来しか見えないからだ。
「解りました……」
どうしてかと訊ねたいところだが、多分他の者たちと同じ理由なのだろうと思い素直に頷く。
病気にかかった人が治るのであれば、別におばば様が行わなくとも問題はない。
それどころか、病気にかかった人が手違いで爆散してしまったらとんでもないことなので、他の人が試してくれて構わないと言える。
そう考えていると、フラメルが懐から羊皮紙を出してはテーブルに広げた。
そこには複雑な魔法陣が描かれている。
「……治癒魔法と守護魔法……?」
幾重にも細かな紋様が描かれたそれを見て、エヴィが呟く。
「これは聖女の身代わりの写しだ。……現物は彼女が祈る場所である中央神殿のしかる場所に、彼女の遺髪と一緒に置かれている」
遺髪。聖人の身体の一部にも魔力が宿ると言われているのだが……
その場にいる全員が、死してもなお多くの国と人々のために働く聖女を想い、安らかに眠れるようにと祈る。
「ハク様。聖女様の遺髪をお入れする魔道具を魔力の高い素材で作って、増幅させるための魔道具を作ったらどうでしょうか?」
それを魔法陣の上に置き、治癒魔法と守護魔法を増幅させるようなものにすれば多少マシになるのではないかと思う。
「そうだね」
「結界そのものの方は見せられないのか?」
魔人の言葉にフラメルは首を振った。
「かなりデカい上に奇々怪々な魔法陣でとても書き写せないよ。あっちに手を加えるなら魔塔の人間に依頼をさせないと。中にも厳重なトラップが仕掛けられていて忍び込めない」
トラップとか忍び込むとか、おおよそ善い大人が話すような内容ではない。
魔法使いという方々は、大概物騒に出来ているのだろうかとエヴィは首を傾げる。
「まあ、大陸全土の結界だからねぇ。管理する側もそのくらいじゃないと」
おばば様はもっともだと言わんばかりに頷いた。
そんな大魔法使い同士の会話を横に、エヴィとハクが嬉々としながら魔法陣を指差している。
「ここに防御の魔法陣を組み込む?」
「この魔法陣自体を縮小して……いっそこう並べてしまったら掛け算になりません?」
ただでさえ細密な魔法陣を更に細かくしようというハクとエヴィの会話に、おばば様と魔人は呆れた表情をし、フラメルは嫌そうに顔を歪めた。
「入れ物自体が魔道具ですから、回路モリモリで刻みに刻みましょう!」
「大魔法使いがふたりと、魔人もいるしね」
ウッキウキのエヴィと、刻むの大変そうだねぇとまるで他人事のハクに、フラメルはふたりが設計しているという回路を覗き込んだ。
回路を刻むには魔力がいる。簡単なものなら小さな魔力で、効果が大きいものはそれ相応の魔力がいる訳であるが……
「ゲェ……ッ!?」
(なんだこりゃ!)
本当にモリモリのびっしりに埋められている回路を見て、フラメルの背筋にゾッと冷たいものが流れた。
確かに凄まじい効力を発揮しそうな回路ではあるが、常人が刻めるものとは思えない。
「何なんだコイツら、ただの変態じゃねぇか!」
「回路が好きなんて奴らは、みんな同じような人種だよ」
おばば様の言葉に、魔人とユニコーン、フェンリルがうんうんと同意している。
「こんなおかしな回路、誰が刻むんだよ!?」
「お前さんだよ。まあ、アタシらも巻き添えを食うけどね」
再びのおばば様。魔人とユニコーン、フェンリルがやはり先程と変わらない様子でうんうんと同意していた。
大魔法使いであるフラメルは、隠しに入れてある魔力回復のポーションがあるかを確認した。
魔力がダンゴムシ以下のために回路を刻めないエヴィはまだしも、大妖であるハクに至っては確信犯であろう。
それを証拠に、髪と同じ白い耳とふさふさのしっぽを楽しそうに動かしているではないか。
(……クソ狐め)
そう心の中で呪詛を吐く。
(やはり、おばばの山小屋はバケモノの集まりだった……!)
来たことを後悔しながらも、職業病なのか、ちょっとだけ改編された魔法陣とアホのような魔道具の効果が気になるフラメルであった。
そんな変な集団を、マンドラゴラはソファの陰に隠れながらブルブルと震えて見つめていた。
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