21 南の大魔法使い・前編
「南の奴が来るよ」
「狙い通りだな」
「会うのは随分久しぶりだなぁ」
振り向いたおばば様に、魔人とハクはそれぞれの反応を返す。
「ちょっと子どもっぽいところがあるけど、そこまで悪い奴でもないからね」
瞳をぱちくりとさせたエヴィに、そう説明したとき、薬棚近くの壁がキラキラと光始める。陽の光が乱反射したような七色の光の粒が、舞うように宙に現れては軌道を描き始めた。
そして一気に大きな魔法陣が出現した。
鏡に映っていた白髭の老人が現れては、への字口で腕を組んでいた。
「どういうことだ!」
おばば様を見るなり、問い詰めるような口調で言葉を発した。
「人ン家にいきなりやって来て挨拶もねぇのかよ」
魔人がすかさず文句を言う横で、エヴィが質素なワンピースを摘まみながら挨拶をする。
「はじめまして、南の大魔法使い様。おばば様のもとで薬師見習いをいたしております、エヴィ・シャトレと申します」
南の大魔法使いがエヴィに気づくと、頭からつま先までじっとりと検分した上叫ぶ。
「……ダンゴムシ以下じゃないか!」
「失礼だね。ダンゴムシ並みだろう」
すかさず突っ込むおばば様に文句を言う。
「並みも以下も変わらんだろう」
「響きの問題だよ」
ふたりは尚も言い合う。
「さあさあ。遠い所から空間移動して来て疲れているだろう? 取り敢えず座ってお茶でも飲みなよ」
「白狐の大妖・九尾の狐め! 悪霊退散っ! エコエコアザラク・エコエコアザラク!!」
南の大魔法使いが右手のタクトを振りながら詠唱を唱える。
ハクは苦笑いをしながら隣の椅子を引いた。
「酷いなぁ。私は悪霊じゃないよ。それにレディが挨拶をしているのに名も名乗らず、ダンゴムシ呼ばわりするのは紳士の風上どころか、風下にも置けやしないね?」
「むっ!」
ピクリとふさふさの眉を動かした南の大魔法使いがエヴィを見た。そして礼をとる。
「……失礼した。南の大魔法使い、クラウス・フラメルだ」
「ありがとう存じます。大魔法使いフラメル様」
みんなにイジられつつも威厳ある態度(?)を崩さない様子に、取り敢えずは丁寧な対応をしておいたほうが良いだろうと思い丁寧に返す。
フラメルが頷いたところで、横の方でウロチョロしている人ならざる者たちを見遣る。
「……この家はランプチャームの魔人だけでなく奇怪なものの巣窟なのか? ……む?」
ちょこちょこと、フラメルがローブにくっつけて持ち込んだ素材の欠片を掃除しているマンドラゴラを見る。マンドラゴラは視線に気づくと大きく身体をびくつかせて、慌ててエヴィの後ろに隠れた。
「……マンドラゴラ?」
『フラメルよ。大魔法使いなどと大層に名乗るのなら小さきものを慈しまねばならぬぞ。お主はまるで、文句ばかり言っている頑固ジジイだぞ?』
先程のフラメルのように腕を組んだフェンリルに窘められる。
嫌そうな顔をしながらも、人ならざる者の気配に警戒しながら遥か下にある子どもの顔を見下ろした。
「そう言うお前は何者だ?」
『我はフェンリルだ!』
「ふぇんりる?」
『うむ!』
フェンリルは小さな胸を殊更張ると、大きく鼻を鳴らす。
確認のためフラメルが顔を上げれば、テーブルに肘をついて薄笑いしているハク、ピンクのフリフリエプロンの下にはにょろろんと足をたなびかせつつ不機嫌そうな魔人。首を傾げるダンゴムシな(魔力が)少女、魔力も顔も妖怪みたいな大魔法使い、そしてなぜか二足歩行をして両前脚で素材を持っているユニコーンと、オロオロ・ブルブルしているマンドラゴラが順番に目に入る。
カオスだ。
「……何だここは!」
思わず声が大きくなるのは仕方がないであろうというもの。
「それよりもお前さん、質問があって来たんじゃないのかい?」
おばば様がどこぞのゴロツキのような様子で顎をしゃくった。
手に持ったままの魔法陣を描いた紙を指す。
「そうだった!」
言うや否や、エヴィの両肩をがっしりと掴んで揺さぶる。
「これは君が描いたのか!?」
「……それは、ハク様と、一緒に、考え、ました」
ガクガクと揺さぶられながらエヴィが答える。
「九尾の狐と?」
疑わしそうな表情でハクに視線を向ける。ハクは頷いた。
「エヴィはね、ちょっとだけ家事が苦手なんだよ。彼女は薬師見習いになったものの基本的な作業で躓いてしまうので、フランソワーズと魔人が魔道具のかまどを作ってね。結構力作だよ、見てごらん?」
「ふらんそわーず」
「そこは掘り下げなくていいよ!」
恥ずかしそうに顔を顰めたおばば様にどやされながらも、グツグツと薬が煮込まれている自動かまどを進められるままにじっとりと検分する。
「魔力が強い人にありがちだけど、フランソワーズと魔人は回路の製作があまり好きじゃないからね。とんでもない大きさになってしまう回路の修正と魔法陣の選別・改良をしたのがエヴィなんだよ」
「……これを魔術を学び始めて数か月の人間が……?」
信じられないとばかりに呟く。
「それを見て一緒に作ってみたくて、別の魔道具をエヴィと一緒に作ったんだけど。その時から時折、魔道具や魔法陣などの話をしているよしみでね」
ね? とハクに微笑まれたエヴィは、コクコクと首を上下させる。
フラメルは未だ若干の胡散臭さを感じつつも、取り敢えずはエヴィの話を聞いてみることにした。そのくらい、現在大陸の流行病の状況は良くないのだ。




