20 お手伝い・後編
「おばば様は攻撃魔法がお得意なんですよね? それって、攻撃対象が見えなくても攻撃が可能ですか?」
目隠しということだろうか。おばば様は質問の意図が見えないながらも頷いた。
「まあ、ある程度はねぇ……」
攻撃魔法というのは勿論、火や水、風などを利用した魔法で相手に攻撃を仕掛けるのだが。
「火や水といった実質的な攻撃内容を出さないで攻撃することは出来ますか?」
「…………」
この辺りでおばば様は本格的に首を捻り出した。
(そんなこと、試したことがないさねぇ……)
暴風で空高く舞いあげて氷の剣で串刺しにし、巨大岩石をぶつけた挙句に超メガトン級の火炎放射を敵にぶっ放しては、敵を粉々にするというのがおばば様の戦闘スタイルである。
実質的な攻撃内容を出さない……つまりは火も水も風も、岩も氷も具現化しないで攻撃するということか。
(どうやって攻撃するっていうんだい?)
「……具体的に、何をどうするつもりなんだい?」
攻撃って何だっけ、と思いながらおばば様が訊ねる。
「魔王様が仰っていたのですが、病気によってはですが、目に見えないような大きさの生き物が原因のものがあるそうなのです」
ルシファー曰く、空気中や汚染された土壌や水をはじめ、患者の体液・飛沫などに原因となる小さな生物がいるらしい……そう聞いたままの言葉を伝える。
「治癒魔法は原因になるものを浄化して治癒するのですよね? であれば攻撃対象物に対してのみ作用するような魔法で攻撃し、病原を撃退出来ないものなのでしょうか?」
三人だけでなく、ユニコーンとフェンリルも顔を見合わせた。
マンドラゴラはブルブルと震えている。
「理論としては解るけど、それでどうやって攻撃をするんだい?」
「『魔法はイメージだ』とよく教本に書かれていますよね。それで、小さい対象物には小さい何かで攻撃する、という風にはイメージできないものでしょうか?」
薬なら霧よりも細かい、極小の水滴(粉薬でも可)がジワジワと効いて、病気の原因を破壊するような。
もしくは目に見えない、小さな波動(魔力と考えてもよい)のようなものが原因を破壊攻撃するようなイメージである。
「元々魔力は見えないわけじゃないですか? だったらそれが対象物に作用して攻撃をすることは不可能なのでしょうか……?」
ハクは表情は真面目に考えている様子を見せながらも、ふさふさのしっぽを左右に振りながらしきりに耳を動かしている。とても楽しいらしい時にする行動だ。
「面白い考え方だね。治療や治癒を、敢えて『攻撃』と捉えるんだね?」
「そうです、そうです!」
薬が効いて病気が改善して行くのが治癒であるが、薬や魔法で原因を撃退して壊して失くしてしまえば、結果的には治癒しているのだ。
正反対の魔法のようでいて、行なっていることは同じなのである(多分?)。
「理論上は可能なんだろうけどねぇ」
「要は、ババアが目に見えないくらいに小さい、だけど破壊する威力のものを操作できるかだな」
その場の全員が視線を上に向けて考えた。
「……仮に出来たとして、結局対象物がついていた個体諸々が飛散する未来しか見えないんだけど……?」
「だな」
「だね」
ハクの言葉に魔人とおばば様が素早く同意した。
せめて本人くらいは否定して欲しかったが、寧ろおばば様自身が一番そう思っているようであった。
ユニコーンもブヒブヒと同意し、なぜかおばば様の戦闘など見たことのない筈のフェンリルも頷いている。マンドラゴラはテーブルの脚に体半分を隠して、恐々とおばば様を見上げていた。
「それと、ハク様には結界を元に戻す……聖女様の抜けた分を増幅させる魔道具か魔法陣を作るためにお力をお貸しいただきたいのです」
三人の中で一番その手の作業が苦でないのがハクである。
おばば様と魔人も出来ないわけではないが、魔法を使ってドッカン! と動かす方が得意なのである。
ババン! とテーブルに置かれた分厚い魔法陣の本たちを見て、ハクは一瞬眉を上げた。そしてにっこりと艶やかに微笑む。
「いいよ。可愛いエヴィのお願いだからね」
おばば様と魔人、そしてユニコーンがじっとりとした目でハクを見た。
『お主、抜け駆けは許さぬぞ!』
フェンリルが遥か頭上を見上げながら吠える。マンドラゴラもフェンリルの人型の足の後ろに隠れながら頷いていた。
******
「そんなの、流せる訳ないじゃん?」
鏡の中には穏やかそうな白いお髭のお爺さんが映っている。
口調は穏やかそうではない上に話し方がやけに若いような気がするが、見た目は耳から上が立派に禿げ上がった老人だが。
彼が南の大魔法使いだ。
「二十年も手をこまねいているんだから、改善出来たら儲けものじゃないか」
「……そういう問題じゃないよ」
確かになとは思うものの、ここで引き下がってはならないと決意を新たにする。
「新しい魔術が誕生するならいいことじゃないか。ケチケチしてないでお見せよ」
「ケチケチって……。急にどういう風の吹き回しなのさ」
南の大魔法使いがジト目でおばば様を見る。
「お前さんは、『カチンコチンクッキー』を知っているかい?」
「噂だけはね。……ギリギリ魔法薬じゃない、お菓子を装った保存食だろう? 変なものを作ったなと思ったが、やっぱりおばば様が作ったのか」
「違うよ。うちの弟子が考案したのさ」
「弟子……?」
南の大魔法使いは初めて興味を持ったような表情でおばば様を見た。
「おばば様が弟子をとるなんて初めてじゃないか? 一体どういう心境の変化なの?」
おばば様は呆れたように鼻を鳴らすと、ただでさえ仏頂面なのに、輪をかけて不機嫌そうな顔をした。
「行きがかり上そうなったのさ。まあ、見てごらんよ」
おばば様がパチンと指を鳴らすと、南の大魔法使いの目の前に魔法陣が描かれた紙が現れた。
「……また、無茶苦茶な魔力消費を……」
呆れた声を出しながら魔法陣をキャッチすると、どれどれと言いながらモノクルをずらして覗き込む。
「……………………」
「どうだい?」
すぐさま顔色を変えた南の大魔法使いが、顔を近づけてまじまじと見ている。
「……何だ、これ……!!」
「凄い発想力だろう? この子は魔法陣を学び始めてまだ数か月しか経ってないんだよ」
右に左にと細部まで慎重に検分していたが、信じられない言葉に勢いよく顔を上げた。
「数か月だって!? 大魔法使い候補じゃないか!」
おばば様は口をへの字に曲げる。
「残念なことに、魔力がダンゴムシ並みなんだよ」
「……ダンゴムシ……」
呆然といった感じで呟くと、再び魔法陣を見遣る。
「今、白狐の大妖と一緒に結界の組み換えの研究をしているよ」
「白狐の大妖だって? 奴はこっちに来ているのか!」
南の大魔法使いは、次々と齎させる情報に大声を出した。同時に頭が痛いとばかりに顔を歪める。
「もう! 鏡越しじゃあまだろっこしいよ。そっちに行く!」
腹を立てたように言う南の大魔法使いに、おばば様が揶揄う。
「魔力介助しようか?」
「結構だ! こっちとら腐っても大魔法使いだよ。腐ってないけどな!」
そう言うとサラサラと不思議な、聞き取れない言葉で詠唱を始める。キラキラとした光と共に大きな円を描き、複雑な紋様を描き始めた。
ため息をつきながら通信を切る。
「待ちくたびれない内においでよ」




