20 お手伝い・中編
「そうか。それは難儀なことになっているのだな」
大陸に流行病が蔓延していると聞き、人間の来訪が増えるであろうことを見越して子ども達の来訪を一時止めさせた魔王ルシファーであるが。子ども達が懐いている山の麓の小さな家に住まう人々が気にかかって、ひとりふらりと現れた。
「今日は大人の格好なのですね」
「今日は子ども達に紛れる必要がないからな」
いつも人間界に来る時は十歳程の子どもの姿で現れる魔王だが、今日は子ども達の引率でないためか、本来の姿である青年の姿だ。
いつもは小さな黒い角が、今日は大変立派に伸びて丸まっている。人間には無いものであるので、いったいどんな感触なのかと非常に気になっているのは内緒だ。
現在の山小屋の様子といえば、南の大魔法使いのフォローのためにポーションをどんどん製作してところだ。
ユニコーンが本領発揮と角でぐるんぐるんとかき混ぜている。
「おばばも。薬草や素材が必要ならば遠慮なく魔界ギルドへ依頼したらいい」
「ああ。足りないときはそうさせてもらうよ」
エヴィは昨日から考えている疑問を、ルシファーに確認してみることにした。
「……流行病についてなのですが、実際の原因というのはなんなのか解りますか?」
病気の原因には古くは祟りや呪い、魔族が瘴気や災いを振りまくからだと言われて来た。
だが現在は、そういった迷信めいたものではないと考えられている。
例えば食べ物を放置すると傷んでくるように、加齢や怪我、その他の要因で身体が傷んで来るのだという方向に考えが変わってきてた。
また、病気の人の近くにいても同じ病気になる場合とならないものとがあることから、何らかの因子があって引きおこる病気があるということにも言及され、研究が進んでいる。
エヴィの質問を聞いたルシファーは口元に手を当てながら、小さく首を傾げた。
「……天界の者によると、空気中や汚染された土壌や水、患者の体液・飛沫などに原因となるものがいるらしい。」
「いるというと、生き物なのですか?」
「生き物と言っていいのか……まあ、しかしそうだな。目に見えない小さな生き物のようなものたちだ」
わかり易いものはないかと思い魔王が周囲を見渡せば、ベリーの砂糖漬けが目に入った。
「砂糖漬けなど開封して古くなったりするとカビが生えるであろう? そのカビのようなものだ。カビも増えて密集すれば目立つが、小さな本元の一つは目に見え難いであろう?」
「……カビ……」
思ってもみない言葉にエヴィは言葉を繰り返した。
(生き物なら……明確な対応物があるのなら、他の魔法でも対処できるのじゃないかしら……)
天界の者というのは、もしかしてもしなくても神なのであろうか。
何となく怖いので聞くのを止めておくことにして、エヴィは考えに戻る。
「ありがとうございます。取っ掛かりになりそうです! ですぜ!」
意気込んで握り拳と共に頷かれ、ルシファーは微かに微笑んだ。
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「魔塔の研究内容?」
またもやおかしなことを言い出したエヴィに、おばば様は顔を顰めた。
「はい。聖女様がいないと結界が完成しないのでしたら、現在はどうやって運用をしているのでしょうか」
何か効果を増強させるような魔術を加えているのではないかと考えたのだが。
「ああ……何やらいろいろ解決策を模索しているみたいだけど、全く進んでないって話だけどねぇ」
「えっ?」
おばば様の言葉に、思わず耳を疑う。
「二十年あまり時間があったのですよね……?」
「結界自体が高度に完成された魔術だからね。少しでも間違うと壊れてしまう可能性があるから、想像するより改編も容易じゃないんだよ」
ハクが魔塔の魔法使いたちをフォローするように眉を下げた。
「奴ら、何回も失敗してるからな」
「なるほど……」
一応、解決しようと試行錯誤はしているらしい。
「どんな魔術なのか、詳細に知る方法はないものでしょうか」
「…………」
三人が顔を見合わせた。
「忍び込めると思うか?」
「それこそ変な輩が入らないよう、鍵でもかけて厳重に管理されているんじゃないのかい?」
魔人とおばば様が、本気で忍び込む方向で話を進めている。
「西の大魔法使いに聞いたほうが早いんじゃないかなぁ」
苦笑いをしながらハクが言った。
物騒な魔人とハクの対比が凄い。
「それと治癒魔法ですが。大魔法使い様方がお得意な分野の魔法で、応用は出来ないものなのでしょうか?」
「……どういうことだい?」
専門分野は専門の人に任せるのが一番である。しかしどうしても今までの考え方がベースになり、悪い意味で言うと視野が狭くなったり、考え方に偏りが出てしまいがちでもある。
魔力が殆ど無いエヴィは魔法や魔術の素人であるが、だからこそ思ってもみない方向性で物事を考える事も出来るというものだ。
ましてやエヴィの吸収力の高さは特筆すべきものである。
ちょっと学んだだけで、あれ程の魔道具の改編を可能とする応用力もある。
もしも魔法の応用が出来るのならば、交換条件で結界の改編資料を渡して貰えばよいであろう。あちらはあちらで結果助かるだろうから、そうそう文句も出ない筈だ。
「その話、詳しく聞かせてごらんよ」
おばば様は悪い顔でエヴィに向き直る。
『……ぁぁぁ~……』
そんなおばば様を見て、薬草の切れ端を拾い集めていたマンドラゴラが震えて、持っていた薬草のかけらを足元(の根っこ)に落とした。




