20 お手伝い・前編
(大陸全土に張られている結界を、おばば様たち大魔法使いが担っていたなんて……)
いつも通りみんなでクッキーを作り薬を作り……いつもと変わらない一日を過ごした。その日にすべき仕事を終え、エヴィはベッドの中で考える。
魔族が魔界に住まうようになり、大魔法使いたちは表舞台から姿を消してだいぶ経つ。
魔道具が発達し、生活魔法ぐらいは使える人間も少ないながら存在しているため、魔法がお伽噺だとまでは思わない。……思わないものの、大魔法使いという存在自体は殆ど見たことがなかった。いわば都市伝説のような扱いである。
少し前まで一応王族の仕事に片足を突っ込んでいたエヴィであるが、魔法使いに関してのあれこれは王のみが知る重要機密の一つだったため、これまた噂レベルでしか知らない訳で。
出生国には大魔法使いがいないと調査済みであったこともあり、エヴィにとって自然災害を起こしたり、はたまた逆に収めてしまうような大魔法は、感覚的にはお伽噺に近いものである。
そして聖女がいなくなって二十年程経つ現在、聖女の存在もお伽噺のようなものだ。優しく穏やかな聖女様は、若い時は美しく、年を経てからはみんなのお婆ちゃまのような穏やかな人物だったと伝え聞く。
教会に属して一生をかけて、この世の全ての生き物のために祈りを捧げてくださっていたのだと言い伝えられており、今でも沢山の人々の尊敬を集めている。
そして魔塔。
名前の通り建物が尖塔建築であるため、『魔法使いが研究する塔』ということで『魔塔』だ。魔法や魔術を研究する専門機関があり、多くの魔法使いや魔術師が研鑽を積んむ場所があると噂されている。その性質上、一般の人間にはあまり知られていない組織であり、魔法を研究・解明する優秀かつ変わり者の巣窟だというくらいしか知らない。
一般の人の中にはその存在を知らない人も多いかもしれない。
その魔塔と共に聖女の住まう教会が大陸の中央部にあるのだそうだが、なるほど、三人の話を聞いて結界を完成させるための位置だったのだと納得した。
魔法に詳しくないエヴィにしても、信仰の対象としての聖女は教会に存在するものであろうが、そこに魔力が介在するなら研究が切っても切れないもであることは想像がつく。
(聖女様が居なくなって、本来の結界の効力が落ちているから流行病が過去に比べて頻発しているのよね?)
新たな聖女が現れてくれたらなら人々の心の拠り所になるのであろうが、三人が言うには人間の魔力が弱まっているために、過去の聖女達のように強い力を持った存在は現れないだろうとのことであった。
(それに、一生涯を祈りに捧げるって……なかなか出来るものではないし、進んでやりたいものでもないかもしれないわよね……)
生家には充分な報奨金が支払われるうえ、勿論この上ない名誉ではある訳だが、引き換えにするものも大きい気がする。余程奉仕精神と慈愛、ついでに自己犠牲心にでも溢れていないと続けられないであろう。
かと言って一度任命されてしまえば、代わりの聖女が現れるか魔力でも尽きない限り、解任もされないであろうと思う。
(その力は各国の王と並ぶって聞いたけど。並ぶと言われても本当にその力を発揮できるのかは解らないわ)
国とか権力者とか政などは、なかなかに世知辛いものであるのだ。
聖女をどういう選別法で選出されているのかは解らないが、きっと素質のある人間を見つけ出すか立候補するかなのであろう。
もしかすると大司教などの偉い役職者などに予言やお告げがあるのかもしれないが、特に詳しく聞いたことはない。
(今後不在が続くことが予想されるなら、その力の補填を考えない筈はないわよね。どの程度研究は進んでいるのかしら)
エヴィは眠るどころかどんどん眼が冴えて来る。
エヴィは考える。
居ないならいない、少ないなら少ないで賄う方法はないのかと。
(今までが守られ過ぎていたのかもしれないけど……確かに自然の摂理のまま、このままの状態が本来の世界なのかもしれないけれど)
だがそれでは、今も結界を支える大魔法使いたちが報われない気もする。
自然の摂理だというのならば、結界を解いてしまうのが本来であろう。
魔塔や国のあれこれに関わりたくはない人々なのだろうから、自由にさせてくれるのならば結界を張り続けることは苦ではないのかもしれないが。
(人間の魔力が全体的に弱まっているというなら、そのうち大魔法使いも居なくなってしまうかもしれない。そうしたら結界も維持できないわね)
――そうなったら、この世界はどうなってしまうのだろうか。
今よりももっと荒れた世界になるのか。もしくは今後技術が進み、結界を頼らずとも変わらない世界であるのか。
(治癒魔法……。それと聖魔法。結界の弱まりも、他で代用する方法はないのかしら)
考え始めたが最後、居てもたってもいられずに起き上がって本を開く。
魔塔にいる魔法使いたちはどのような改善案を出して、どんな対応をしているのだろうか。
(どうやって調べたらいいのかしら……南の大魔法使い様に伺ったら教えてくださいますかしら?)
エヴィは読んでいた本から顔を上げては、首を傾げて瞳を瞬かせた。




