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18 流行・前編

「おばば様、お届け物です」


 聞きなれない声がして扉を開ければ、そこに紳士が立っていた。

 辺境の地には珍しく、貴族服にマントを纏っている。緩やかなウェーブのついた黒髪を半分は流し、半分は耳にかけていた。


「おや、ヴァンパイアじゃないか」

「おばば様、ご機嫌麗しく」


 恭しく礼をとると魔人にも同じく挨拶をした。

 そして部屋の中で一心不乱に薬草をすり潰しているエヴィにもにこやかに微笑みかけた。


「はじめまして、お嬢様。お会いするのは初めてですね? 私は魔界ギルドのドラキュラでございます」

「ご丁寧にありがとうございます。エヴィ・シャトレです」


 エヴィは髪とおでこに薬草の切れ端をくっつけたまま、カーテシーをする。

 ドラキュラはそんな事は気にも留めないように柔らかく微笑んだ。


「どうぞお見知り置きを」

 さて、と言いながらドラキュラがアイテムボックスから素材を取り出す。


「こちらがご依頼いただいた薬草と素材です。お確かめください」


 次々と使い込んだテーブルの上に積み上げられた素材は、文字通り山のようになっている。

 おばば様は幾つかを手に取り、匂いをかいだり陽に透かしてみたりしていたが、大きく頷いた。


「確かに。相変わらずいい品質だね」

「恐悦至極にございます。追加のご依頼がございましたら遠慮なくご依頼くださいませ」

「ああ、その時は頼むよ」


 そう言うと、おばば様はなかなかの大きさの革袋をドラキュラに手渡した。


「毎度ありがとうございます」


 革袋の中を覗き込んでからそう言うと、再び恭しく頭を下げた。


 そしてポン! という音と共に小さなコウモリに変身すると、カクカクと細かく線を描くように飛びたつ。

 匂いがこもらないように開かれたままだった窓の隙間から、外へと飛んで行った。


「……ドラキュラさんは、コウモリだったのですね?」

 エヴィが目を丸くしたまま魔人とおばば様を見た。


「いや。ヴァンパイアだな」

「吸血鬼だね」


 そう言ってふたりは頷く。

 聞きなれない、お伽噺の登場人物だとばかり思ってい存在に、エヴィは再び緑色の瞳を瞬かせた。


「キューケツキ」


 夜な夜な乙女の血を吸う、恐ろしいモンスターである。

 一応乙女の範疇に入るであろうエヴィが、普通に対応しても大丈夫なのだろうかと疑問で一杯である。


「まあ、あいつ生臭いからって、血は飲まないから大丈夫だ」

『ぁぁぅ~?』


(それに、外は思いっきり昼間ですケド……?)


 陽の光で丸焦げになっていたりはしないものなのだろうかと、コウモリの飛んで行った方向を見遣る。


 飛び散った薬草を掃除していたマンドラゴラが、自動かまどの前で薬をかき混ぜているユニコーンに向かって小首を傾げた。


******


 一週間後、あっという間に近くの街を流行病が飲み込んだと噂が流れて来た。

 近隣の様子を確認すると言って、ハクは昨日から出掛けている。


 おばば様の家に預けられているフェンリルは、今は大人しくお昼寝をしている最中だ。


「ちょっと街へ行って薬を納品して来るよ。ついでに街の様子も見て来るかねぇ」

「ひとりで大丈夫か?」

 いつもは憎まれ口ばかり叩いている魔人が、心配そうに訊ねる。


「今に始まったこっちゃないよ。似たようなことは何回も経験しているからね」


 そう言うとおばば様はアイテムボックスに入れれるだけの薬と素材を詰めて、街へと急いだ。



「……ちょいと高い場所から確認しておこうかね」


 パチンと指を鳴らすと、魔法で箒を出しては跨いで空高くに浮上する。

 途中で驚いたカラスがけたたましく鳴いては飛んで行く。


「うるさいったりゃありゃしないねぇ」


 仏頂面をいつも以上に険しくすると、スピードを上げた。

 暫く飛び続けると街が遠くに見えて来る。


 上空から見れば人の往来が見える筈だが、いつもに比べてかなり少ないことが見てとれた。店も閉まっているところが多く、さながら寂れたゴーストタウンのようである。


 いつもならば人の目につかない所を注意深く探すが、今日はその心配もない。周囲から目隠しになる大きな木の側に着地すると、箒を消した。


 街行く人は皆口元を隠すようにして足早に歩いている。

 いつもの他愛もない立ち話をする姿や、ゆったりと店先を冷かすような人が殆どいない。

 おばば様も足早に、付き合いのある薬局に足を向けた。



「おばば様!」

 店主は驚いたような顔をしながらも、ホッとしたように微笑んだ。


「今日はひとりで来たのかい? 体調は大丈夫か?」


 付き合いはそれなりに長いが、おばば様の真の正体は知らない。……もしかするとうすうすは感づいているのかもしれないが、占いもする薬師という触れ込み通りの素性で対応していた。


「大丈夫だよ。それよりアンタは大丈夫なのかい?」

「ああ、取り敢えずはね。この先はどうなるか解らないが」


 頼りなさ気な表情で作り笑いをした。

 話しながら棚を見れば、薬の数はかなり少なくなっている。


「取り敢えず薬を持って来たよ。それと薬草。カチンコチンクッキーもあるよ」

 店主は顔を綻ばせると、大きく息を吐いた。


「……助かるよ。仕入れる側から無くなってしまうから。薬草も遠くまでは採りに行けなくてね」


 近場で採取出来るものはともかく、遠くまで出かけなくてはならないものは店を閉める必要がある。残念なことに腕っぷしが強くもない薬局屋の店主は、獣に遭遇して怖い思いをしないためと、店をなるべく休みにしないためにギルドに依頼をかけることが多かった。


「ギルドの連中も倒れているのかい?」

「冒険者で流行病にかかっている奴らも多いんだ」


 困ったように眉を下げた。

 普段の腕っぷし自慢とデカい身体も、病とは無関係なのだろう。


 更に身体が資本の冒険者たちは、病が流行ると家に籠って過ごすことも意外に多いのだ。

 怖いもの知らずの無頼漢というのはただのイメージで、鍛錬と健康維持、情報収拾と分析に余念のないのがプロの冒険者である。


「状況はどんな感じなんだろうね」

「数日前に急に増えた感じだね。まだ暫らくは罹患者が増える一方なんじゃないかな」

「そうかい……」


 流行病が感染症だということは解っている。潜伏期間もあることから、これから暫く時間をかけて大きく蔓延して行くのであろう。


「それでもクッキーのおかげか、周囲の街々に比べればだいぶマシなんだよ。罹患しないように外出を最小限にしている人々が多いのさ」

「なるほどねぇ」


 おばば様は店主の言葉にそう返しては頷いた。

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