17 予兆・後編
「なるほど。それではしばらくの間、こちらへ来るのは差し控えた方がいいな」
魔族の子ども達を引率して息抜きに来た魔王・ルシファーが思案気に言った。
「この辺りの状況はどうなのだ?」
「周辺の町ではまだそれほどでもないみたいだけどね」
近隣の村や町では、早くも罹患者が出始めているらしい。
「こっちのギルドでは薬不足・素材不足だろうからねぇ。魔界ギルドに素材の採集を頼みたいんだよ」
「解った。使いの者を寄越そう」
身近にはない素材や、今回のように薬品類が不足した場合、おばば様を始め魔界なり他国なりに伝手のある薬師は、その人脈を使って過剰な不足が起こらないようにコントロールするのだそう。
普段は人嫌いと言われる魔法使いたちも(薬師の中には結構な確率で魔法使いが多いそうだ)、病気で苦しむ人を放って置くことを良しとはしない。むしろ困っている人を助けたいと思うから薬師を選ぶのだ。
魔法使いと解ると、利用しようとしたり騙そうとする人間が多く群がってくるため、面倒事を避けるために厭世気味な生活を送っているだけなのである。
「魔族の人たちは大丈夫なのですか?」
エヴィが子ども達を心配そうに見ると、ルシファーが表情を緩めた。
「基本は大丈夫だ。人間より魔族の方が丈夫で回復も早い。病気によっては魔族はかからないものもある」
「そうなんですか、ですぜ」
小さい子たちが苦しい思いをするのは少ないと聞き、エヴィがホッとする。
「それよりも、王城で暮らしていたエヴィの方が気を付けた方がいい。元は貴族の令嬢であるならば、病気に対する抵抗力も少ないであろう」
「ユニコーンやフェンリルの聖なる守護がついてるだろうからね。まあ、問題はないと思うけどね」
おばば様の言葉に、エヴィは瞳を瞬かせた。
魔人とハクは、ああ、という顔をして頷く。
「『聖なる守護』……?」
何のことなのだろうか、二頭の方を見てみるが、どちらも目を泳がせて知らんぷりを決め込んでいた。
「元々エヴィと契約をしたくてやって来たからね」
ハクが苦笑いをする。
精霊や神獣・幻獣といった存在や、時に悪魔と呼ばれる魔族などと『契約』をし、契約者が必要とする時に力を貸して貰ったり、願いを叶えて貰ったり出来るのだそうだ。ただ、人間よりも遥かに能力が大きい存在が相手なので、悪質な輩に関わるととんでもない代償を払わされることがあるのだという。
――とんでもない代償とは、言わずとも命なのだろうかと思ったが、怖いので聞くのをやめた。
「契約者の安全を確保するために、聖なるものたちが守護魔法をかけることがあるんだ」
エヴィはハクの説明を聞いて首を傾げた。
「でも、私、ふたりと契約なんてしてないですよ?」
ね? と念押しすると二頭はコクコクと頷く。
「そうだね。まあ、契約すると絆が強固になる訳だけど、別に契約しなくたって守護を授けることは出来るんだよ」
「それをふたりがかけてくれているんですか?」
二頭は往生際が悪いようで、いまだに視線を彷徨わせている。
「それって、本来『代償』が必要なものなんですよね……? 無償でしていて、辛いとか痛いとかはないのですか?」
エヴィが心配そうにいうと、ユニコーンは前脚をナイナイ、とばかりに大きく振る。
業を煮やしたフェンリルが口を尖らせた。
『聖なる存在である我は元々代償など受け取らぬぞ! それは悪魔であろう』
じっとりとフェンリルが魔王を見る。どうみても三歳児が十歳児に絡んでいるようにしか見えない。
腕組みをしたルシファーがあっさりと頷く。
「確かにな。魔族は自分の利益もきちんと考える者が多いからな。第一無償ばかりが良いとも限らんだろう?」
場合によっては取り分が大きい者もいるのだろうとのことだ。
「だが、その方達と同じように見返り無く守護を授けることも不可能ではない」
そう言うとサラサラと聞き取れない言葉で詠唱をする。
一瞬だけカッと光を放つ。微かな風が起こっていたのか、ふんわりゆっくりとエヴィのスカートが膨らみ、程なくして落ち着いた。
守護魔法がかけられたのだろう。かけられた本人のエヴィは何も感じないが、ルシファー以外の人たちがかけられた魔法を確認して呆れたような表情をした。
魔王がちょっと得意気なのはどうしたことか。
「……一体全体、この子を何から守るつもりなんだろうね」
「迂闊に触ったら弾き飛ばされそうだな」
「ブフフン!」
おばば様と魔人の言葉にハクは苦笑いをし、ユニコーンは同意と言わんばかりに頷いた。
『我も、もっと出来るぞ!』
フェンリルはふんすふんすと鼻息も荒く右手拳を突き上げ、エヴィとマンドラゴラは首を傾げていた。
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