17 予兆・前編
薬棚の上に無造作に置いてある水晶玉が光った。通信魔法である。
先に放った蝶が届いたのだろう。通信魔法は汎用性が高く媒介は様々で、便利な魔道具もあるが、水面や鏡、今回のように水晶玉を使う方法もあるのだそうだ。
予め繋がる媒体を設定しておくと、今回のように光って知らせてくれるのだという。
おばば様は調合の手を止めて手をかざすと、水晶玉の中に見知った顔が映った。
何度かお世話になっている旅の一座のお姉さんである。
「達者かい?」
「まあ、くたばらずには済んでるね」
苦笑いをするおばば様とお姉さんの砕けた口調に、今までは気にも留めなかったが、古い知人なのかもしれないとエヴィは思った。
(もしかするともしかして、お姉さんも幻視の魔法を使う魔法使いなのでしょうか……?)
以前王城に旅の一座の一員として潜り込んだとき、ひと仕事終えたおばば様は変装の為に幻視の魔法を使って若い頃のおばば様になっていたのだ。
気の置けない話し方から察するに、お姉さんも本当はおばば様で。旅の劇団員兼踊り子という仕事柄若い姿を保たせているだけではないかと考えた。
「どうしたんだい? もしや流行病のことかい?」
「ああ、察しがいいね。既に死者が出るくらいに酷いって聞いたんけどね」
水晶玉の中のお姉さんは、小さく頷いた。
「そうだね。特に北側と西側が罹患者が多いそうだよ」
「熱病なのかい」
「主には。身体が弱っているせいか腹を酷く下したり、他の合併症を引き起こすことも多いらしいよ」
やり切れないような声だ。
全員がお姉さんの話に聞き入る。
「そうかい……ちょっと厄介だねぇ」
「そっちはまだそれほどでもないんだろうけど、直にだろうさ」
おばば様は小さなため息とともに頷く。
流行病が蔓延すれば遅かれ早かれ、近隣の国々にも広がるのは必須だからだ。
大陸中を旅して回るお姉さんを気遣い、おばば様が聞く。
「アンタたちは大丈夫なのかい?」
「心配してくれてんのかい? アタシたちを誰だと思ってるんだい」
「一応ねぇ」
お姉さんは威勢よく笑う。
「大丈夫さ。薬師の伝手は腐るほどあるからね」
そう言えばと言って、おばば様を見遣る。
「アンタんとこのエヴィが、また変なもん作って流行らせたんだろう? 在庫がダブついたら旅先で捌いてやるから言いなよ」
「それこそ間に合ってるよ! サラマンダー用に窯を作って常駐させてるくらいだからね」
「はぁ……いつもながら凄まじい商才だねぇ」
何かあったら声をかけろと言い合って通信を切る。
万が一に備え、一座の人達に備蓄分としてクッキーを送っておこうとエヴィは思った。
「やはり北と西か。まあ大体毎回その辺から流行り出すからな」
通信を切ったおばば様に、魔人が確認するように言った。
「北は寒いし乾燥するからね。西は他の大陸とのやり取りが多いからねぇ」
船を使い他大陸の国々からの往来が多い西側の国は、流行病の発生率が多くなりがちだ。
「他の奴らからも似たような話だったから、用心しないとだね」
おばば様は薬棚を覗き込んで素材の備蓄をどうするべきか、本格的に考えを巡らせた。




