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16 不安の芽

「おやおや、これはまた変な奴が増えているね」


 ハクと一緒に子ギツネがやって来たが、窯の中のサラマンダーやユニコーン、フェンリルに加えてマンドラゴラまで増えたからか、怖がってハクの背に隠れていた。


「奇怪な存在が増えまくってしまって、動物たちはかなり遠巻きにしか来れないみたいなんだよ」

『奇怪とは失礼な! 我は神聖な存在ぞ』

 気分を害したらしいフェンリルがぷくぷくのほっぺを膨らませた。


「魔族も頻繁に出入りしてるしな」

「そうそう。最近この家がホラーハウスのようになってるから怖がって近づけないんだよ」


 奇怪なものの筆頭に入りそうな魔人が頬杖をつきながら、まるで他人事のように言う。

 おばば様はふたりをジト目で睨んでいた。


「何処がホラーハウスだって言うんだい?」


 そんな中、マンドラゴラはトコトコとハクの前に歩いて行くと、口を根っこの手で押さえながら何度もお辞儀をしていた。


「……随分と礼儀正しいマンドラゴラだね。私は九尾の白狐でハクだよ。よろしくね」

『ぁぁぁ~』


 声を極小に絞り込んで、二・三度頷いた。

 子ギツネにもペコペコとお辞儀をしているが、勝手に動き出す植物に毛を逆立てると急いでハクの後ろに回り込んでは鼻先を出して、顔だけで覗き込んでいる。


「……こらこら。野生の動物は皆臆病だからね。悪気はないんだよ。ごめんね」


 挨拶をしているのに、素っ気ない態度をとった子ギツネの行動を説明する。

 マンドラゴラは大丈夫だと言わんばかりに首を横に振った。


 叫び声は凄まじいものの、意外にもユーモラスな仕草のマンドラゴラを眺めてまったりとする。

 今は床の上の小さなごみを拾っては、トコトコとゴミ箱に捨てに行くという行動を繰り返していた。


「そう言えば、近くの国々で流行病が蔓延しているらしいよ」

「……それは季節性のヤツかい?」


 ハクに思ってもみない話を振られ、おばば様が難しい声で聞く。


「うん。今年は罹患者がいつにも増して多いそうだよ」


 季節性の病はその時期によって幾つか種類がある。

 冬の時期に流行るのは重い風邪のような症状で、高熱と咳が主な症状だ。基本的には対症療法しかなく、ある程度の期間が立てば回復することが殆どであるが、体力や免疫力の低下によって重篤化すると、ごく稀に命を落とすこともある病であった。


「それじゃあ、薬を多めに作っておいた方がいいかもしれないねぇ」

「うん。カチンコチンクッキーも、大量に作っておいた方がいいかもしれないよ」


 アイテムボックスへ放り込んでおけば、製品の劣化自体は止めることが出来る。

 ストックを使い切った町の人々が再び買い溜めをすれば、溜めてある在庫などすぐになくなってしまうであろう。普段ならまだしも、体調を崩した人が蔓延する状態で、買えない人が続出というのは褒められた状況ではない。


「材料を調達する必要があるね」

 おばば様はそう言うと考えるように黙り込んだ。


「……また、あのクッキー量産体制が戻って来るんだな」


 魔人とエヴィが顔を見合わせた。ユニコーンとハクも苦笑いをしながら視線を合わせた。

 ついこの間のことである筈なのに、随分と懐かしく感じる。


 クッキーの効果であるが、大きく全てが回復するとは言わないまでもそこそこに効果を認めるものではある。

 薬とは銘打っていないが、位置づけ的には薬とも言えなくもないものだ。


 エヴィは『健康補助食品』と言って販売をしている。

文字通り日々食することで、健康な生活や身体づくりを助ける食品である。効果は緩やかなため、嗜好品的な感じで毎日少しずつ食べて楽しみながら健康を促進するものだ。


「こっちに直接薬を買いに来る人間が増えるだろうしな」


 病気が蔓延すれば、貧富に関係なく病気に罹患する。少しでも安く薬を手に入れようと、薬師であるおばば様のもとに直接買いに来る人も増えるのだ。

また、そういう人は本人だったり家族だったりが重篤化していることも多い。


 検査をせずに販売できるため、症状に応じて多少おまけをして回復を手助けすることがある。良く効く薬師というのは、そのようなところからの噂でもあるのだ。


「……どのくらいの状況なのか、あんたは知っているのかい?」

「北の国では死者も出ているらしいよ。旅をしている友人が言っていたからね」

「死者……」


 想像以上の内容に、エヴィが絶句する。

 貧しいものの中には治療が受けられずに、亡くなってしまうことがままあるとは聞いていた。体力の低下などで運悪く、学園の人間が亡くなってしまったことも無くはない。


 しかし、王城の中で育ったエヴィにとっては話で聞くのみであった。

 極一部の人間によってこき使われてはいたものの、その身は安全に守られており、病気が蔓延した際は特に、病気から守るかのように静かに王城の中で過ごしていたのだ。


(国王陛下と王妃様が、せめて安全にはと心を砕いてくださっていたのでしょうね)


 様々な行き違いはあったものの、親友の娘であるエヴィを、国王も王妃も大切にしてくれていたことは確かである。


「今年はいつもより厳しいかもしれないね」


 おばば様はサラサラと詠唱すると、キラキラと輝く蝶を幾つも出現させた。

 蝶はふわりふわりと飛び立って行く。


 ――通信の魔術である。他の土地の知人の話を聞くのであろう。


「取り敢えず、近隣の情報を集めた方が良さそうだね」


 おばば様の言葉に、全員が表情を引き締めたのであった。


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