15 マンドラゴラ
「……何でマンドラゴラなんか連れて来たんだい?」
「……連れて来てねぇよ。勝手について来たんだよ」
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試しに一本抜いてみようと、おばば様謹製の安全手袋をはめて抜こうとすると、凄まじい叫び声が響き渡った。激痛か非常に凄惨なことに遭遇した絶望の叫びなのか、物凄く大きな叫び声である。
「…………大丈夫ですか? 物凄く痛いのでしょうか??」
眉をハの字にしたエヴィが魔人を見た。
「いや、大丈夫だ。それはそういう仕様なだけで痛ぇ訳じゃねえ」
……もしかしたら多少は痛いのかもしれないが、抜かれた後は普通に動いているので問題ないだろうと思う。
思い切って引っこ抜くと、スポンと綺麗に抜ける。手足のような根っこをバタつかせながらキーキー鳴いているので、エヴィは地面にそっと下ろした。そしてしゃがみ込んでは見上げているマンドラゴラに話しかける。
「ごめんなさいだぜい。本当に手足みたいな根っこなのですね」
そう言ってそっと右手(?)を指でつまむようにとると、そっと握手をした。
「みせてくれてありがとうございます。さ、土へ戻って大丈夫ですよ?」
マンドラゴラは頭の葉っぱを揺らして、首を傾げるようにしている。
「エヴィはどんな感じになってるのか見たかっただけだ。お前さんを刻んだり、摺り下ろしたりはしねぇってよ」
魔人がそう付け加える。
一方で近くに群生しているマンドラゴラを、興味津々のフェンリルが片っ端から抜き出した。
周囲は阿鼻叫喚、千辛万苦かと言わんばかりの叫び声の地獄絵図の用であった。
「おいコラッ! あっちこっち抜くんじゃねぇよ。うるせぇだろうが!!」
逃げるマンドラゴラを追いかけて遊んでいるフェンリルに注意する。キョトンとした表情で魔人を見上げている隙にと、マンドラゴラが走り回っては遠くの土に潜ったり、遠くへと走り去って行く個体も見受けられた。
(……ああやって拡散するのですわね?)
その様子をまじまじと見ながらエヴィが自分の足元を見ると、先程抜いたマンドラゴラがエヴィの足元に隠れるようにしながら、フェンリルと魔人のやり取りをみているようだった。
フェンリルの手に頭(?)の葉っぱを握られていたマンドラゴラが必死の抵抗で抜け出すと、地面に背中を打ち付けながら落っこちたと思ったら、両手を上げて走り去って行くのが見えた。
ユニコーンが踏んづけてしまわないように、脚をわたわたと動かしている。
「さ、見終わったならもう帰るぞ?」
気が済んだかと言わんばかりの表情でエヴィとフェンリルを見た。
ふたりが頷く。魔人がふとエヴィの足元を見下ろすと、エヴィが抜いたマンドラゴラが魔人を見上げており目が合う。
「お前も、採らねぇから土に植わって大丈夫だぞ」
そう言った後にふたりと二頭が歩き出すと、ちょこちょこ短い根っこを動かしてあとをついて来る。
みんなが止まれば止まり、再び歩き出せば小走りでまたあとをついて行く。
歩きながら魔界の端のはずれの道を、マンドラゴラの細く小さな叫び声がこだましている。
耐えかねた魔人が勢いよく振り返った。
「おい! 何でついて来るんだ?」
『あぁぁぁぁあああ~!』
「俺たちは人間界に帰るんだ。お前も自分の行きたい場所に行けよ」
『うああ~!』
トコトコと小走りでエヴィの足元に近づくと、再び魔人を見上げる。
「…………」
『ああぁぁぁぁうあ!』
フェンリルはマンドラゴラをガン見している。今は見えないしっぽがブンブンと動いて見えそうだ。
ふたりと一頭は顔を見合わせた。
「俺たちが住んでるのは人間界だ。お前みたいに歩ったり叫んだりしてる植物はいねぇんだよ」
『あぁぁぁ……?』
叫び声を極小に下げながら、エヴィとユニコーンを交互に見る。
「魔人さん……」
「ブフンブフン……」
今度はエヴィとユニコーンが、切ない表情で魔人を見つめた。
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「…………で、結局連れて来たのかい?」
おばば様が呆れたような声を出す。
「…………面目ねぇ」
魔人が全くもって不本意だといわんばかりの顔をしながら、素直に頭を下げた。
どうしたら問題がないか頭を悩ませたエヴィとユニコーンは、大きな声は出さないことと、人間が来たら火急速やかに土に埋まることを約束させた。
「間に合わない場合は普通の薬草のフリですよ。出来ますか?」
確認するエヴィに向かって、自らの口らしき場所を根っこの手で押さえると、コクコクと何度もくり返し頷く。
そしてマンドラゴラはおばば様の前に立ち、口を押えたままペコペコとお辞儀をした。
「……よろしくお願いしますと言っているみたいです」
「ブフン」
『おばば……』
その場にいる全員が、捨て犬のような瞳でおばば様を見ているではないか。
(まあ、放って置いても世話がかかる訳じゃないしね)
水は雨水、栄養はその辺から自力で調達するであろう。
おばば様はため息をついた。
「本当に静かに出来るんだろうね?」
『ぁぁぅぁぅ!』
マンドラゴラは最大限に声を絞り込むと、そう言って頷いた。更にエヴィが用意した植木鉢に自ら植わってみたり、床へ戻れば仰向けに横たわってみせる。
「…………なんだい?」
「植物のフリと、干されている薬草のフリ……みたいですね」
エヴィの説明を聞くと置き上がってちんまりと座ると、肯定なのだろう、元気に首を縦に振っている。
「……フリって、一応植物なんだけどねぇ」
おばば様はどんどん増える同居人(?)に危惧しながらも、仏頂面を緩めては、再びため息をついた。




