14 魔界で薬草摘み
みんなで頑張ったおかげで、カチンコチンクッキーのストックも出来て来たとある日のこと。
勉強熱心なエヴィは魔人とユニコーン、人化したフェンリルを連れて魔界にお邪魔をしていた。
「わざわざ魔界くんだりまで来て草抜きせんでも、魔界ギルドにでも行けばおかしなモンは幾らでもあるだろうに」
魔人はそう言いながらも変わった植物がないかと周囲を見渡している。
この前はいきなり魔族たちに跪かれたエヴィであるが、また同じように膝を折られると困るので、魔界の端っこの方で変わった薬草を探しに来たのだ。
「魔界にもギルドがあるのですか? だぜい?」
「ああ。基本的には人間界と大差はないな。歩いている奴らと魔界そのものがけったいなだけで」
な? と言わんばかりにユニコーンを見れば、長い首で頷いている。
今日のユニコーンは身体が人間のような形をしながらも、やたら長い首の先に小さな馬の顔という、みんなに大変不評ないで立ちであった。
何のことはない、この姿の方が薬草を摘みやすいからである。
「この薬草は見たことがないです、だぜい」
魔人が説明する間も、二回目の魔界が物珍しいエヴィはきょろきょろとしていた。
東の国にあるゼンマイのようにくるくると丸まったそれは、葉っぱが深緑に赤い斑点がついており不気味な色合いである。更に、まるでたわしのような剛毛の植物を見ては、思わず首を傾げた。
「それは毛生え薬の材料だな」
「毛生え薬……あまり必要ないですぜい……?」
魔人の頭を視線で追うが、てっぺんはふさふさである。きっと禿げあがった側頭部と後頭部は彼の趣味で行っているものであり、決して禿げている訳ではないのだろうと思う。
「うーん。ハゲの親父に売りつけたら儲かりそうではあるがな」
男性の頭皮に関する根強い悩みと執着を知る魔人としては、かなり売れるのではないかと予測する。
(……だけど、これ以上忙しくなっても大変だしなぁ)
相変わらず家事はからっきしであるが、こと商売などに鼻が利くらしいエヴィが関わると面倒なことになると思い、口を噤むことにした。
『おかしな草や気味の悪いモノばかりであるな……』
見た目三歳ほどの幼児でありながら、やたら老人臭い話し方のフェンリルが、ドン引きながら目玉や口の形をした花がぶら下がる植物を見ていた。風に揺れながらウィンクをする目を、エヴィはまじまじと観察している。
先日魔族の子ども達に嫉妬して人化したのだが、変わってみれば毛皮を纏っている筈もなくすっぽんぽんであった。急場しのぎに切れ端を身体に巻き付けて、魔人はすぐさま街に洋服を買いに行かせられたのだ。
適当な子供服を適当に見繕い購入し、現在は温かなシャツの上にもこもこのコートを纏っている。風邪をひかぬようにとの(言わないが)気遣いである。
「ブヒフン?」
ユニコーンが顔見知りの魔族を見つけて挨拶をした。いつぞやにぎっくり腰で運び込まれたオークの親父である。
「エヴィ。みんなもこんにちは」
「おじさん! こんにちは」
『豚か。達者であるか』
笑顔のエヴィに頷いたところで、小さなフェンリルに挨拶をされ、その口調に微妙な表情をしながらつぶらな瞳を瞬かせた。
「よう。腰はどうだ?」
「いやぁ……まあ、何とか騙し騙しやってるよ」
魔人の問いかけに苦笑いをしながら答えるオークは、そのまま人間のおじさん達のようであった。
ふとエヴィを見れば、気になったのか、目玉のついた植物がいつの間にかかごに入っている。
それを見たオークが、にこにこと笑いながらエヴィに言った。
「そう言えば、あっちにマンドラゴラがあったよ」
「いらねぇよ、そんなうるせぇもの」
魔人が嫌そうに答える。エヴィは碧色の瞳をキラキラと輝かせてオークに向き直った。
「マンドラゴラですか? やはり抜くと叫ぶのですか?」
キラキラを通り越して圧すら感じるエヴィに苦笑いをしながら答えた。
「ああ、凄まじい声だよ。子ども達が遊びで引っこ抜くくらいだけどね」
エヴィは首を傾げる。確か、有名な秘薬『魔女の軟膏』の材料であった筈だ。
「あまり使わないのですか?」
「使わないねぇ。基本毒だからね」
「ブヒヒン」
ユニコーンも頷く。そんな姿を見たオークが、心底同情したような表情でユニコーンを見た。
「なんて格好してるんだ?」
「ブフフン!!」
ユニコーンは余計なお世話だと言わんばかりに鼻息を吐く。
一方、見たことがないマンドラゴラが気になるのだろう。エヴィは先程オークが指差した方を見てソワソワとしている。
「まあ、素手で触らなければ問題ないよ。抜かれても放って置けば自分で動いて土に潜るから大丈夫だしね」
「そうなのですね……」
話しながらもチラチラと目線を向けるエヴィに、魔人とオークが苦笑いした。
「じゃあ、仕事の途中だから。沢山摘んで行きなよ」
暇をするオークに、全員が手を振る。
そして。
「しゃあねぇな。……見てみるか? マンドラゴラ」
「はいっ!」
食い気味で返事をするエヴィに、魔人とユニコーンは苦笑いをした。
『案ずるな! 我が蹴散らしてやろう!』
意気込むフェンリルに魔人が嫌そうな顔をする。
「蹴散らすなよ。うるさ過ぎんだろ!」
『わん?』
フェンリルは不思議そうに小首を傾げた。丸い瞳がクリクリとしていた。
魔人は小さく舌打ちをする。そしてユニコーンはジト目で見ていた。
「なんでそこだけ鳴き声なんだよ……あざとい奴だな」
「そんな事よりも、早くマンドラゴラを見に行きましょう! 逃げてしまうかもしれません」
焦れたエヴィが魔人の背中を押す。魔人はため息をついた。
「逃げねぇよ。奴ら抜かれない限りは動かねぇんだから!」
ふたりと二頭はそれぞれに、マンドラゴラを目指して歩き出した。
周囲にマンドラゴラの絶叫が響き渡るまで、あともう少しである。
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