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05 刻むのは奥が深い

 先日おばば様に仕事ぶりが認められ、晴れて薬師見習いとなったエヴィ。


 故郷を飛び出しこの山小屋にやって来た時、薬師の仕事の手伝いをしてみたいと思って無邪気に言ってみたことがあるが、まさか見習いにして貰える日が来るとは。

 人間、何でも言ってみるもの、学んでみるものである。


 そして今現在、最高潮に気力はみなぎっている。

 どこぞの冒険活劇の主人公のように拳を突き上げて宣言したい気分だ。

 そう。『薬師見習いに、私はなる!』と。

 


 元々知識を吸収することに長けているため、この家にやって来てから暇に任せて読み漁った薬学書と医学書は結構な数になる。

 しかし、エヴィの前に立ちはだかる壁は高い。


 切る、煮る、詰める、注ぐである。

 決意も新たに意気揚々とナイフを握った。


「……まあ、予想はしていたことだけどな」

「……比喩じゃなくて、本当に干乾びてるじゃないか!」


 頭が良い人や仕事が出来る人は、料理や家事が得意な人が多いと言われているが……

 仮に初めは出来なくても、要領やコツを掴むのも把握するのも上手いので、上達が早いとも聞いたことがあるだが……


 哀しいかな、エヴィは全くもって家事の類の適性がない人間であった。

 何度言ってもノコギリのようにナイフを使うエヴィによって、薬草は断面が潰れ、まな板には鮮やかな緑の汁がこびりついている。

 

『材料は均一に刻むと混ざりが良く効果が高い』


 そんな一文をしっかりと記憶しているエヴィは、意気込んで薬草刻みに挑戦したわけだが。

 定規で測りながら刻もうとしたらおばば様に眉を寄せられたため、慎重に、同じ幅になるように刻むことを心掛けたのだった。が。


 薬草はヘンニャリクッタリと萎れ、断面は可哀想なほどに潰れ。長時間汗ばむ手に押さえつけられた薬草は生暖かく、所々変色していた。


「千切りでこの調子だと、先が思いやられるねぇ」

「なんつーか、特訓しても上達しない予感しかしねぇな」


 おばば様と魔人がクソ真面目に難しい顔をしては、緑のまな板とエヴィ、そして力尽きた薬草だったものを交互に見ては視線を合わせた。


「どうしたもんかねぇ」

「どーしたもんかなぁ」


 ふたりの心底困った様子を見て、エヴィも腕を組んで眉を顰めた。


「うーーーーむ?」


 そもそも、なぜに千切りごときでこんなに悩んでいるのか解らない三人であるが……悩まざるを得ない現実があるのだから致し方あるまい。

 そして瞬くして、何かを思いついたようにエヴィが手を打ち鳴らす。


「そもそも、上達しなくても良いような状況になればよいと思うのですが」

「……どういうことだ?」


 エヴィと魔人のやり取りを、おばば様はいつもの仏頂面で見遣る。


「千切り用の器具を作ったらよいと思うのです。小型のギロチンみたいな刃が等間隔でついているものを。数種、幅ごとに」

「……ギロチン……?」


 見目はこの上なく清楚なエヴィの口から出て来た物騒な名称に、ふたりはドン引きしながらも続きを促す。


「こう、薬草の平均的な大きさに合わせて木枠を作ってですね、それに合わせて小さな刃を連結したものを取り付けられるようにして……」


 エヴィは説明をしながら、紙にサラサラと描いて行く。

 見れば、レバーを押せば同時に刃が降りて、対象物を一気にバラバラ……切断できる機器が描かれていた。


「上から押すようにした方がいいのか、斜めに上げ下げ出来るようにした方がよいのかですが」

「押すだけなら秒で終わるじゃないか」

「間違いようがねぇな」


「……本来はネジなどで刃の間隔幅を替えれたら便利なのですけど。壊れやすいと思うので、よく使用する幅ごとに作った方がよいかと思うのです、だぜい」

「なるほどねぇ」

「賛成しかねえな」


 本来なら千切りを練習した方が早い上に、結構な金額をかけて道具を作ってもらうなんて思いもしないのだが。如何せん対象者がエヴィである。

 三人は顔を見合わせる。


「このまま千切りだけで長期間足踏みするよりも、早いと思うのだぜです」

「道理だね」

「同感だな」


 そして深く頷く。


「自分を知っているのは、裏を返せば強みだねぇ」

 おばば様が心の声を呟く。


「まぁ、本来ならバカバカしい出費だが、背に腹は代えられねぇな」

 ディスっているような内容であるが、魔人は本心からそう思っているため、嫌味や嘲りには聞こえない。むしろエヴィの時間と労力を無駄にしないためと、指をちょん切らないための安全を考慮した、心底本気の言葉である。


「町の鍛冶屋さんに相談してみましょう」


 三人は再び顔を見合わせ、大きく頷き合った。

 そうして翌日早速鍛冶屋に突撃する。


******


「何だ、これ」

 紙に描かれた図を見て、鍛冶屋の親父さんが困惑したように三人を見た。


「『千切り機』です」

「千切り機……」


 鍛冶屋の親父が図と口を開いたエヴィを交互に見遣る。


「……これ、お嬢ちゃんが考えたのか?」

「はい、まあ。ギロチンから発想を得たのですけど」

「…………」


 物騒な名前に一瞬微妙な表情をしたものの、何かを考えるように再び絵に瞳を落とした。


「取り敢えず作ってみるが。これ、使用料を払うから量産してもいいだろうか」

「はい? 構いませんが……」


 不思議そうに首を捻るエヴィ。

 使用料と聞いて、おばば様と人間に化けた魔人が鍛冶屋の首を引っ掴む。


「使用料……まさか買い叩こうなんてしちゃいないね?」

「他の職人と同じだけ寄越せよ?」


 鍛冶屋の親父は嫌そうに眉を寄せた。

「当たり前だろ! じゃなきゃ使用料なんて言いやしねぇよ。……取り敢えず一週間後にまた来な。ひとつ作ってみて、使い勝手に問題がなければ他の幅でも作るぜ」


 見積りと細かな確認をして紙に書き込むと、親父さんはそう言って、いそいそと奥の工房へと引っ込んで行った。



 一週間後、約束通り千切り機が出来上がっていた。

 薬草を置いて刃を降ろせば、当たり前のように等間隔に千切りになっている。

 四人が安堵したかのように詰めていた息を吐くと、表情を緩ませた。


「問題ないです。では同じように他の幅でも作っていただければ」

「解った。あ、あとこれ使用料な」

 そう言うと、結構な重さの革袋がテーブルの上に置かれた。


「これが契約書だ。一般的な金額になっている筈だが、問題ないか確認してくれ」

 アイディアの使用料と合わせ、製造した個数に大して幾ばくかの金額が入るように書かれていた。


「……問題ないみたいだね」

 おばば様と魔人が覗き込んで、ニヤリと笑みを浮かべる。


「じゃあ、サインをしてくれ。互いに一部ずつと、ギルドに申請・保管する一部。計三部だ」 


 エヴィも内容を確認し、取り敢えず内容――相場が解らないために金額はおばば様と魔人任せであるが、自分にお金が入って来ることを確認してはサインをした。

 契約によってまちまちではあるものの、発明家や職人などが考えたものを他者が製品化する場合、こういった契約がなされるのだそうだ。


******


 更に数か月後。

 人手の少ない調理場や、身体が動きにくい人、はたまた手間と時間を節約したい人間に千切り機はそれなりに売れ続けることとなる。


 鍛冶屋の前を通った時、親父が勢いよく飛び出て来ては礼を言われた。

 そしてまた何か考えたら教えて欲しいと、凄まじい目力で何度も念を押される。興奮してか鼻の下に汗がにじんでいるのが目に入る。


 手を強く握られ、ブンブンと振られたエヴィが碧色の瞳を瞬かせた。

 唾を飛ばさん勢いに、おばば様と魔人は若干引いている様子を見せた。


「こんなん、エヴィ以外にも必要とする奴がいるんだな」

 町を練り歩きながら雑貨店で売られる大小様々な千切り機を見ては、魔人が呆れたように言った。


「意外だけどねぇ。まあ、収入の窓口が増えてよかったじゃないか」


 悪そうな顔でほくそ笑むおばば様がそう言いながら頷く。

 予想外に増えている通帳を見ては、エヴィが顔を青褪めさせた。


「あわわわわわ……! こんなにいただいていいんでしょうか」

「貰っとけ貰っとけ」

 カラカラと魔人が笑う。おばば様もキヒヒヒと引き笑いをした。


「あまっても腐りゃしないからね」

 無くても何とかなるが、あっても困らないだろうと言う。


「……まあ、確かにそうだぜぃですが……」

 エヴィはそう言って通帳と雑貨店の店頭の千切り機を交互に見遣る。


「入った金で旨いモンでも食おうぜ!」

 魔人がエヴィの細い背中をバシバシと叩いては、上機嫌で精肉店へと入って行った。

お読みいただきましてありがとうございます。

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