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07 カチンコチンクッキー

「追加で千個納入しておくれ!」

 馴染みの薬局に顔を出したおばば様は、出会い頭に大声でそう言われた。


「……千個? そんなに仕入れて捌けるのかい?」


 古くから付き合いのある薬局は、こういっては何だがそれ程大きな店ではない。小さな商品とはいえ千個とは、薬屋ではなくお菓子屋にでもなるつもりだろうか。


 ところが薬局の店主はまたも大声で返してくる。


「捌くどころか足りなくって困っているくらいだよ!」


 取り敢えずは出来たら持ってくると答えて店を出る。

 その足でギルドに顔を出そうかと思い、踵を返した。


 薬師は自分で薬を売ると同時に、薬局やギルドと契約している者が多い。

 スポットもあれば定期的に薬を卸すこともある。


 薬以外にも珍しい薬草や鉱物などの素材の売買も多く関わっているので、冒険者やおばば様たち薬師、そしてギルドの関係は切っても切れないものである。

 馴染みの扉を開くと、見知った顔が見受けられた。


「おばば様、あのクッキーを出来るだけ多く持って来ておくれよ」

 ギルドの買い取り担当が揉み手でやって来る。


「……多くって、どれくらいだい?」

 相変わらずの仏頂面で聞けば、男は顔を綻ばせた。


「幾らでも買い取るよ」

「……幾らでも?」

 おばば様が疑るような瞳でじっと見た。


「ああ! 一万でも二万でもだ!」


 ドヤ顔で言い切る買い取り担当にため息をつく。


「ため息なんてついてる場合じゃないぜ、おばば様! 冒険者から注文が殺到してるんだ。ほら、あいつらあっちこっち潜ったり登ったり忙しいだろ? ただでさえ怪我が絶えないし、長期になったら疲れや碌な飯が食えないわで体調を崩す訳だ。その点あのカチンコチンクッキーは凄い! 軽いし湿気難いし腹持ちはいいし、身体も疲れにくいうえに体調も崩しにくくなるわけだ。いまや見つけたら買い溜めする冒険者で長蛇の列だよ」


 買い取り担当が息もつかずに言う。


「馬鹿をお言いでないよ! 一万個も作れるわけないだろう」

(何だかねぇ)


 おばば様は通常納品分の薬を手渡すと、とんでもないことになっている状況に、どうしたものかと首を捻った。


(あの子はまた、変なもんを作ったもんだねぇ)



 商品完成後、エヴィはすぐさま改良に着手した。


 ソフトタイプ(充分堅いが)で可愛らしい動物の形のクッキーと、焼いた後に更に余分な水分を飛ばしてカチコチにした、四角いシンプルなハードタイプ(歯が折れそう)の二種類を用意することにしたのだ。五枚一組で湿気を通し難い紙に包まれている。


「日々一般的に食べるならソフトタイプですが、保存や持ち運びには軽くて割れにくい方がよいと思うのです。ですぜ」


 名前を聞けば、『カチンコチンクッキー』と言われ、聞いた全員が何とも言えない表情をしたのは、ついこの前のことである。


「……もう少しマシな名前にしたらいいんじゃないかい?」

「覚えやすくてインパクトのある名前の方が忘れないのです。それにコミカルな名前の方が、子ども達に人気になりますからね」



 エヴィの目論見通り、すぐさま予防食や携帯食として、冒険者を中心にバカ売れ状態となった。


 言う通り冒険者だけでなく、大人から子どもまで需要があることが解かった。動物の愛らしい形だからか、ソフトタイプは子どもや若い女性に大人気だ。

 風邪だけではなく、体調の崩れから来る腹痛や知恵熱などにも緩やかな効果があると知られると、こぞって買い求める親が増えた。


『薬ではない』という売り文句が身体に優しいイメージを植え付けるらしく、小さな子にも食べさせ易いのだろう。

 勿論使用しているのは常用しても問題ない薬草やハーブで、お茶や香辛料として普段口にしているものもあるので、薬か否かと言われると必ずしも薬とは言えない素材も多かった。


 エヴィ曰くあまりの勢いに、上手く行けば街などの備蓄にも使われるようになるかもしれないと言っていたが、これ以上注文が増えると『山の麓のクッキー工房』になりそうである。



「人の欲は凄いねぇ」


 露店に溢れるクッキーの山を見て呟く。


 薬すらも美味しく食べようとするその姿にもだが、すぐさま紛いモンを作り出す節操のなさは、呆れるを通り越してあっぱれとすら思ってしまう。

 おばば様は通りに出ているカチンコチンクッキーの模造品を見ては、家路を急いだ。


******


「お帰りなさいですぜ!」

 今日も顔中を粉だらけにしたエヴィが、型抜きをしながら出迎えた。


「何だかクッキーが流行っているらしくて、偽物が出回り始めていたよ」

「まぁ。効能が同じならいいのですが……」


 困ったように眉を寄せるエヴィに、魔人が魔法で空中にボールを複数浮かせかき混ぜながら、悟りを開いたような顔で言う。


「そんな訳はねぇだろ。大魔法使いと大妖が苦労して開発してるんだぞ?」

「騙される人が出ないといいんだがね」


 ハクが薬草を量りながら、思案気におばば様を見た。


 一度食べれば違いが解るであろうが、間違って購入する人間が全く出ないという訳にはいかないだろう。

 話を聞いていたユニコーンとフェンリルが、おかしな格好で頷いている。

 ――いまだに見慣れず、二頭を視界に入れたおばば様は遠い目をした。


 同居人と言うべきか飼い主と言うべきかな者たちの尋常じゃない様子に、先日、ユニコーンとフェンリルが文字通り立ち上がったのだ。

 まるで追いつかない発注に、てんてこ舞い状態だったのだが。

 二頭は顔を見合わせて立ち上がると手――前脚を石鹸で綺麗に洗い、手伝いを始めたのである。


 そんなのおかしいだろう以外の何ものでもない光景だが、聖獣と神獣なので問題ないのであろう。


 ユニコーンは寸分たがわず同じ大きさに真っすぐにハードタイプの生地を切り分け、手際よく天板に並べる。この数日でかなり手慣れたものだ。既に包丁さばきはエヴィよりも上である。

 それをフェンリルが注意深く庭に運ぶ。


(なぜ庭に?)


 いつもと違う動きについて行くと、昨日まではなかった筈の立派な石窯が複数並んでいた。


『大変そうだから、夜なべして作ったのだわん!』 

「ブヒブヒ、ヒヒヒヒヒン!」


 窯の中を覗けば、サラマンダーが待機して窯を温めている。

 ユニコーンが仲間のサラマンダーたちを召喚したらしく、丁度良い火加減で焼いてくれるそうだ。


 ただただ激しく吠えているようにしか見えていないエヴィは、瞳を瞬かせてユニコーンとフェンリルを見た。

 ドヤっている二頭を生暖かく見つめるおばば様が、口を開く。


「丁度良かった。新しい注文が入ったよ」


 魔人がげんなりした顔で聞く。


「うわぁ、マジかよ。で、幾つだ?」

「二万と千個だよ」


 おばば様の言葉に、全員の時が止まった。

 ちゃっかり、多い方の発注数であるのはご愛敬である。


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