06 商品開発係り結成・後編
「そうか。それは難儀だな……」
黒髪に赤い瞳の男の子が腕組をして言った。
ここ数日の懸念というか課題というかを、エヴィは少年に語って聞かせたのだが。
男の子の視線は、庭と呼んでよいのか微妙な平地で、死んだような目をしたされるがままのユニコーンによじ登ったり、フェンリルを抱っこして仰け反られてわたわたしている子ども達に向けられていた。
小さな彼は、おばば様のもとへお遣いに来ている魔族の子ども達の引率兼息抜きに来ている魔界の王・ルシファーその人である。
本来は人間でいうところの十八歳程の見目麗しい青年であるが、滅多に近づかない人間に見られても目立たないよう、今は十歳位の小さな男の子の姿である。引き締まっている筈の頬はふっくりと子どもらしく膨らんでおり、涼し気な目元は大きな丸い瞳に変わっている。が、その実、十万十八歳という長い時を生きる魔族の長なのであった。
今は可愛らしいばかりの顔で、眉間に皺を寄せて至極ごもっともなことを口にした。
「無理をして菓子にせずとも、普通に飲み薬にでもすればいいのではないか?」
「それではただの薬ではないですか。こう、美味しく食べて体にもいい的なものを目指しているのです」
「……うむ……」
何か言いたげな魔王であったが、エヴィを尊重してか呑み込んでは、小さく首を傾げた。
「魔力が含まれ過ぎると問題なのは完成品の薬なのであろう? ならば作業行程で素材に対し、魔法や魔術を使うのは問題がないのではないのか?」
「……どういうことですか?」
問いかけに問いかけで返したエヴィは、丸い瞳をパチパチと瞬かせる。
「魔法の濃度が高いと魔法薬扱いになってしまうと言っていたが、それは薬品そのものに魔法をかけているからだろう」
「多分? そうだと思います?」
言いながらエヴィが首を傾げる。
魔力が殆どない塵芥レベルのエヴィには、イマイチ魔法や魔力といったものの根本的なところが解っていない。理論自体は書物から吸収できるものの、実際に体感できないからか実際の感覚として落とし込みにくいのだ。
とにかく。おばば様が変な詠唱で回復魔法をかけるのは、確かに調合している薬そのものにである。
極微量に含まれるというエヴィの祈りの力も、薬を服用した人が早く回復しますようにと無意識のうちに作っている薬に念を送る……いや、祈ってしまっているからで。
つまり、調合した薬に祈りが込められているのであろうと考えられた。
「例えばだが、薬に回復魔法や何らかの効果を上乗せする魔術を使ったら、その効果を発動させるために薬品に魔力が作用して『魔法薬』になるのではないだろうか」
「ふむふむ」
「素材そのものに、薬品としては関係のない魔法や魔術をかけて変化させるのなら、なんら問題ないないと思うのだが」
「ふむふむ?」
頷きながら、魔王の言っていることを頭の中で反芻する。つまりは。
薬草の処理をする為に水分を飛ばす魔法を使ったとしても、その素材の水分を無くするだけであって、それを使った薬の水分まで無くなってしまう訳ではないということか。
「なるほど……当たり前のことなのに、盲点でした」
納得できたらしいエヴィの様子を見て、小さな魔王は微かに微笑んだ。
「まあ、憶測だからな。魔法を使うこと自体が素材に干渉はしている訳で、薬に残渣が残るのかどうかまでは解らんが……その辺りはおばばやハクに聞くと解かるのではなないか」
「聞いてみます! ありがとうございます!」
「うむ」
ぱっと満面の笑みを浮かべるエヴィを見て、彼は耳を赤くした。誤魔化すように表情を険しくしては鷹揚に頷く。
正体をバラすまでは砕けた口調で話していたエヴィだったが、流石に魔王と知り態度を改めたようである。
それがちょっと残念に思えた。
******
何回目かの商品開発会議の際に、エヴィは魔王から貰ったアドバイスを三人に伝えた。
「うーん、確かに。素材を検証することばかり考えていて、その可能性をすっかり忘れていたよ」
ハクはしっぽと同じ色のふわふわの耳をピルピルと動かして、斜め上に視線を動かした。問題がないか頭の中で確認しているのであろう。
「早く乾かした方が品質が落ちないからね……効能うんぬんはさておき、日干しするよりも魔法で乾かした方がいいモノは魔法で乾かしていたねぇ」
日光に当てて干すことで養分というか成分というかが向上し、品質が上がる素材がある。そういった物は日に当てて乾かすが、なるべく早く乾かした方が良い素材に関しては、魔法で水分を飛ばすのは常套手段である。
「確かに、そんで薬が魔法薬になったことはねぇなぁ」
魔人は薬の調合をしないが、エヴィがやって来る前はおばば様に扱き使われて雑用をこなしていたのだ。……干さずに水分を飛ばしたり、すり鉢を使わず一瞬で粉砕したりを魔法で手伝ってもいたのである。それが悪いとも言われたことがなければ、品質が変わってしまうと言われたこともないわけで。
「薬効成分はそのままに、苦みや臭みを魔法で失くしてしまうことは出来るのでしょうか?」
エヴィが、魔王が言わんとしていたことを問いかける。
「……その欠点が成分に直結しているものと、関係ないものとあるね」
臭いや苦みを伴う物質が、薬効成分でもあるというものである。
関係ないものは、気にせず欠点を取り払ってしまえばいいだけだ。
「関係あるものは出来る限り欠点のみを削除する方向で。関係ないものはすっぱりととってしまう方向でやってみるかい」
ハクとおばば様が顔を見合わせて頷く。
「じゃあ、苦みと臭みはこっちでやるから、魔人はそれぞれを使ってお菓子を作っておくれ」
おばば様の容赦ない言葉に、魔人は渋い顔をした。
「マジか……」
「ひとつひとつ検証しないと、どう変わるか解りゃあしないだろ」
切って捨てるかのように言い放たれる。
(ひとつひとつって、どんだけ作らせられんだよ……)
「手伝いますっ!」
暗い表情の魔人に、ふんす! と鼻息荒くエヴィが右手を挙げた。
「…………」
魔人は胡散臭いものを見る目でエヴィを見る。
ユニコーンとフェンリルが目だけを動かして、ジト目の魔人と張り切るエヴィを見比べた。
******
「いいか、エヴィ。お前は型抜き係だ!」
何のことはない、以前と同じように卵を割る係も粉をふるう係も面倒しか起こさない彼女に業を煮やした魔人は、再びエヴィを型抜き係に任命した。
「薬草の成分うんぬんを確認するんだから、出来る限り一定の厚さに生地を延ばせよ?」
「はいっ!」
なんでか顔に沢山の粉をくっつけたエヴィが、いいお返事をする。
ユニコーンとフェンリルは、蹄と小さな肉球のある前脚で、せっせと汚れた床の掃除をしていた。
いったい何回繰り返せばいいのか。
作るだけならまだしも、激マズのクッキーを食べなくてはならないのがはっきり言って苦行だ。
いつもにこにこしていてつかみどころがないハクも、仏頂面が天元突破をしているおばば様も、元々げんなりしている魔人も限界が近い。
薬草やハーブ、甘いお菓子が好物のユニコーンでさえ、苦くて臭いクッキーに蹄で口を押え首を振る始末だ。
「……今度はどうだ?」
焼いている時の匂いはそう悪いモノでもない。
何となく全員に見つめられた魔人が仕方なく、何十回目かのそれを掴むと、恐る恐る口に入れた。
ゴクリ、誰かの喉が鳴る。
物凄く苦虫を潰した顔をしながら、魔人が静かに咀嚼していた。
「…………」
「……どうだい?」
おばば様が低い声で訊ねる。
魔人は一拍間をおいて、厳かに口を開いた。
「悪くねぇ」
全員が歓喜の声を上げてハイタッチをした。
「さっ、完成品の成分が問題ないか確認するよ!」
せっかく問題点が解決しても、有効成分がかすっかすだったり、魔法濃度が高すぎてポーション扱い(固形なのでポーションと言えるのかどうか微妙であるが)になってしまっては、真の完成ではないのだ。
おばば様はおもむろにクッキーを摘まむと、測定器にそっと落とす。
ゴクリ、再度誰かの喉が鳴った。
「成分数値、問題なし」
おもむろに顔をあげる。そして――
「魔力濃度、問題なし!」
ボロボロになった四人と二頭が、今度こそ歓喜の叫び声をあげた。
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