06 商品開発係り結成・前編
「う~~~~~~む」
穏やかなとある日のこと。
エヴィは、グツグツと煮えたぎる鍋の前で腕を組み考えていた。
愛らしい唇を惜しげもなく、盛大なへの字にひん曲げている。
「どうしたんだい、腹でも痛いのかい?」
おばば様が怪訝そうに言う。
彼女は至って普通の表情をしているつもりだが、そっからどう見ても仏頂面のお手本のような表情に、深い皺が刻まれているのはいつも通りだ。
「これから冬本番で、感染症が増えるではないですか」
冬場は風邪はもとより、様々な感染症が増える。薬師も薬局もかき入れ時ともいえる時期で、おばば様とエヴィは、毎日せっせと風邪薬や解熱剤などを量産しているのである。
「体調を崩す前に予防できるような商品が作れないものかと考えているのです」
「……病気は多数あるからねぇ。万能薬っていうのは難しいんじゃないかい」
それはそうであろう。
おばば様の言葉に大きく頷いた。
「完璧な予防というよりは、体調を崩しにくくするとか。病気にかかったとしても酷くならないとか、早く治るとか……」
「滋養強壮的なもんかねぇ?」
おばば様は鍋の中を見遣る。自動かまどが自ら消火し、それを見ていたユニコーンが角で大きく半周程かき混ぜた。良く効く風邪薬の完成である。
材料は何のことはない、その辺の咳止めや鼻づまり、喉の痛みなどを和らげる薬草を煮込んだものである。ユニコーンがかき混ぜることで薬草の効果が倍増することと、不純物が跡形もなく消え去ること。さらにはエヴィの祈りの魔力もちょっとだけ入っている。
エヴィのイメージでは食べ物や飲み物で日々活用できるものである。
健康を促進すれば病気にもかかり難くなるし、多くの病気の症状の重なる部分――発熱とか――を軽くするような効能を加えることが出来たら良いのではないかとエヴィは考えている。
「薬師は商売あがったりだけどね」
おばば様が肩をすくめる。
「病気そのものはなくなりませんので、問題ないと思いますが。ですぜ?」
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「面白いことを考えるね」
「クソ面倒臭ぇこと考えるなぁ」
「きゃんきゃん!」
狩りから帰って来た魔人と、日課のお茶を飲みにやってきたハクが、全く正反対のことを対照的な表情で言った。
フェンリルは相変わらず元気一杯でエヴィに駆け寄ると、撫でてくれとばかりにしっぽをブンブン振っていた。
ユニコーンはといえば、手伝いのお駄賃としてハーブ入りのクッキーを貰い、まったりと味と香りを楽しんでいる最中である。
「東の方では薬酒があるよ。西で言う薬草酒に似たものだね」
東の国では体調不良の改善や滋養強壮のために、様々な薬効成分のある素材をお酒に漬け込み、毎日摂取するという方法があるのだそうだ。
聞いて、おばば様とエヴィが渋い顔をする。
「酒だと成分は抽出しやすいけど、子どもが飲みにくいねぇ」
「それに、味や香りが独特なので、『美味しく体調改善』が出来なそうです。だぜい」
エヴィ達の住む周辺の国々にも同じようなもの(薬草酒)があるが、味や匂いが苦手だと言って口にしない人も多い。
「う~ん。子どもには使わない方がいい素材もあるし、効能が強すぎると健康な身体にはかえって負担なものもあるしね……負担なく、かつ美味しくか……難しいね」
ハクは腕組をし、おばば様は頷く。
「身体を温めるとかかね」
「冷えは万病の素だからね。さっき言った薬酒の中にも身体を温める効能の薬草が入っているよ」
黙っていた魔人がため息をつきながら口を開いた。
「日々口にするなら安くないとだぞ。それに日持ちもした方がいい。普通の人間はマジックボックスの類は持ってねぇからな」
存分に撫でられたフェンリルが、腹が減ったとばかりに魔人の前に鎮座する。
……可愛がられるのはエヴィで、食べものは魔人と使い分けている辺り、なかなかあざとい奴である。
チッ、と舌打ちしながら、干し芋を前に差し出した。たまには甘いものがいいだろうと、魔人自ら甘い芋を蒸して干したお手製のおやつである。
魔人が干し芋を食べさせている様子を全員が生暖かく見守りながら、それぞれにどうしたものかと首を捻った。
「まあ、せっかくだし。商品開発係り結成だね?」
ニコニコ顔のハクの言葉に、エヴィが満面の笑みを浮かべた。
「まぁ、暇だし、新しい薬を作るのもいいだろう」
おばば様もそう口を開いたところで、ユニコーンも鼻息荒く両手を曲げては、頑張るポーズをした。
「じゃあ、商品開発頑張るです、ですぞ! エイエイオー」
鼻息荒く右手を突き上げるエヴィに合わせ、ハクはニコニコ顔で、おばば様は仏頂面で、ユニコーンはブヒンブヒン言いながら右手(右前脚)を突き上げた。
「きゃんきゃん!」
みんなの勝鬨を聞いたフェンリルが、鳴きながらグルグルと走り回っている。
「……面倒臭えぇ」
(コイツら、かまど作りで全然懲りてねぇのか……)
食べ物・飲み物ということで間違いなく作る係に任命されるであろう魔人が、ため息と共に言葉を吐いたのであった。




