04 薬師見習いになりました
おばば様の元に珍しく急患がやって来た。
ピンク色の豚の顔(頭)をしたおじさんが、黒と白のブチ柄の豚みたいなおじさんの肩を借りてやって来たのだ。
「こりゃあギックリ腰だね」
「イ、イタタタタタタ……」
腰に手を充てながら顔を歪ませては、ソファに腹ばいに寝そべる。
苦し気に浅い息をしており、言うまでもなく辛そうなことが感じられた。
「……エヴィ。痛み止めの薬と、湿布の用意だよ」
「はい!」
おばば様が勢いよく言った。エヴィは弾かれたように、何のためらいもなく身体が動いた。
薬の入った引き出しを開けて濃い緑色をした丸薬と、水を急いで持って行く。
豚のおじさんはエヴィを見て人間だと知るとギョッとしていたが、痛みが勝るのか、意を決する表情で丸薬を飲み込んだ。
エヴィは薬棚や保存瓶を開け、ミントを始めとした鎮痛効果のある薬草を出来得る限り素早くおばば様に渡し、すり潰している間に薬を塗りつける布や油紙、包帯を持って戻る。
ブチ柄のおじさんが、黙ってエヴィの様子を見ていた。
(汗を拭いてあげよう。息んでるから熱いかも……)
そう思うと同時に井戸に走り、桶に冷たい水を汲んで走り戻った。
手巾を浸して絞ると、豚のおじさんの前にしゃがみ込む。
「お顔をすみません。汗が出ているので、拭いますね?」
ピンクの豚のおじさんは、痛みに歪んだ顔を驚いた表情に替えたが、一拍ほど置いて頷いた。それを合図にそっと額の汗を拭って行く。
「……ああ、気持ちいい……」
困ったようなホッとしたような何とも言えない顔でそう言うと、エヴィに向かって微笑んだ。
暫くして痛み止めが効いてくると、そろりそろりと慎重に身体を起こす。
「いや~、おばば様、助かったよ」
「無理すんじゃないよ」
相変わらず愛想のない様子で返され、決まりの悪そうな顔をエヴィに向ける。
「アンタも、どうもありがとう」
ピンクのおじさんだけでなく、ブチ柄のおじさんも頷いた。
「人間にも優しいお嬢さんがいるもんだな。ありがとう」
再度礼を言われ、何か褒められるようなことをしただろうかと瞳を瞬かせていたが、去って行こうとするふたりに急いで返事をする。
「お大事になさってください!」
頬を紅潮させて、豚のおじさん達に手を振った。
残念な事だが、魔族と人間は相容れない。
おばば様の山小屋で暮らし始めて初めて知ったのだ。
魔族たちは人間であるエヴィを遠巻きに見、警戒しているのが解る。
初めは気安く話し掛けてくれた魔族の子ども達も、親に何か言われたのか、関わらないようにしている様子が見受けられた。
知恵がまわり異質なものを排除したがる人間と、力こそが正義ともいえる魔族。
遥か過去には争ったこともある両族であるが、理解し合うことは無理だと解かったのであろう。現在はお互いがお互いを刺激することなく、出来る限り関わらないようにして暮らしている。
現在人間にとって、魔族というのはお伽噺の世界か、親が子どもを躾けるための『怖いもの』だと思っている人すらいるだろう。
長い時を経て、その位両者の関りはかなり希薄になっていた。
エヴィも例外ではない。かつて王城の中で育てられていた彼女は、ここに来るまで魔族を見たことがなかったのだから。
山の麓近くの森の、更に奥深く。魔族の住む場所があるという。
人でありながら魔力のあるおばば様の存在が、境界線を守っているとも言える。
実際に接してみれば魔族も人間も見た目以外にそう変わりはなく、知性や気遣いを持った存在であることを知るに至る。
(いつか、尊重し合いながら仲良く暮らせる日が来ると良いのですが……)
ゆっくりと帰って行くふたりの姿を見送りながら、エヴィはそう思った。
******
その日の昼間、おばば様と一緒にギルドと馴染みの薬局に、薬を卸に行くことになった。
「おや。遂にお弟子さんを取ることにしたのかい?」
行く先々で同じ言葉を掛けられる。
「まあね。そんなところだよ」
「アンタ、頑張るんだよ」
「口は悪いけど、おばば様は腕は確かだからね」
「?」
面倒臭そうに話を合わせるおばば様と、全く状況が解っていなさそうなエヴィを見比べては、同情心たっぷりな視線で念を押された。
隣では人に化けた……普通の肌色に二本の足が生えた姿の魔人が、全く何も解っていないエヴィを可哀想な者を見る目で見つめている。
夕食の買い物を見繕いながら、エヴィの代筆業の貼り紙を貼らせて貰っている店にも顔を出す。聞けばやはり特に問い合わせはないらしい。
「そりゃあそうですよね……あるなら直接山小屋へいらしてる筈ですもの、だぜい……」
「まあ、元気出せよ。代筆業が無くったって金には困っていないだろう?」
魔人が慰めにならない言葉で慰めてくれた。
「そうですが。投資なんて、いつどうなるかわかりませんもの……」
エヴィが絶望を絵にかいたような表情で言う。
「そうならないように、当座に困らない分は定期預金に分けてあるじゃないか。余禄が余禄を産んでるんだから、当分安泰だよ」
「大体代筆なんて何枚やったら食えるだけになるんだ? もう、投資家として生きて行けばいいだろ」
ふたりが微妙に抉るような言葉で追い打ちをかけて来る。
そうは言うが、『定職』があるのとないのでは大違いなのである。
「現状、定職があってもなくても何も変わんねえだろう」
「大体代筆業に資格が必要なもんじゃないし、名乗ったもん勝ちだよ」
言い返す間もなく、さらに追い打ちをかけられた。
如何ともしがたい顔でふたりを見ているエヴィに、おばば様が言う。
「っていうか、それだけ勉強しているんだ、もう薬師見習いを名乗っとけばいいじゃないか」
「え……?」
思ってもみない言葉に、思わず絶句して碧色の瞳を瞬かせる。
「知識は一端の薬師並みに積み上がってるじゃないか。本当に、どれだけ勉強が好きなのか気が知れないよ」
照れ隠しなのか、おばば様がしかめっ面で悪態をつく。
「……嫌なのかい?」
「い、いえ! 全然嫌じゃないです!」
エヴィは往来で、首を勢いよく横に振った。
「じゃあ、今日から薬師見習いって名乗っておきな」
「はい! よろしくお願いしますっ」
ペコリと勢いよく頭を下げる。
余りの嬉しさに、じわじわと顔が緩んで来るのを感じる。
嬉しさのあまり大きな声で叫び出したいような、大きな感情の昂りをどうしたら良いのか……
「じゃあお祝いに、旨いもんでも作らないとな」
魔人がニッカリと笑みを浮かべたので、エヴィは満点の笑顔を向けた。
******
帰り道。秋の濃いオレンジ色の夕陽を背に、三人の影は長く山道に伸びていた。
思い出したように魔人が口を開いた。
「そう言えばエヴィ。最近寝坊が多いな」
「そうなんです、ぜい。魔法の本を読んでいるのですが、最近よく眠れるんですよね」
「「魔法の本」」
おばば様と魔人が同時にハモっては顔を見合わせ、エヴィを見る。
「もしや、魔力鍛錬をしてるんじゃないだろうね」
「? 『体内の魔力を感じる』っていうのを試しているんですが、全く・全然・これっぽっちも感じられないんですよね」
やっぱり。ふたりはそう思いながら再び顔を見合わせた。
「それ、魔力を使い切って気絶してるんじゃねぇか?」
「でも、魔力なんて解らないですケド……」
「……保有量が微量も微量、極微量だからなぁ」
「それだけ練習しているなら、ちょっとは増えてるんじゃないのかい」
首を傾げるエヴィを、ふたりが何かを確認するように集中してみつめるが。
「……全く増えてないね!」
「微塵も増えてねぇなぁ!」
「……ですよねぇ、だぜい」
吐き捨てるようなふたりの言葉に、エヴィは力強く頷いたのであった。