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05 魔界通行証

 壁に控えていた執事や侍女の姿をした魔族たちも、淑女然としたエヴィが酷く驚く姿を見て笑いをこらえていた。


「ど……っ!?」

「魔界の様々な結界を維持するのには魔力を使うのだが……遠隔で維持するのは、その場で維持するよりも消費量が多いのだ。外部で顕在する身体は小さい方が魔力の消費量が少ないからな」


 子どもの身体の方が魔力消費量が少ない(らしい)ため、子どもに変化していたそうである。


 また魔族のものが大勢で行動すると人間界ではどうしたって目立つ。辺境の、更に人里離れた山里とはいえ、いざという時に備え子どもの姿で引率をしていたということだ。


「まあ、気分転換だな」


 ポーカーフェイスで答える魔王に、ハクが茶々を入れる。


「子ども達やオークたちが褒める人間の少女が気になったんじゃないのかな?」

「正直それもある。人間が好意的に魔族に接することなど少ないので、大人ならいざ知らず、子ども達に危険がないかきちんと確認する必要があるからな。ましてや白狐や聖獣が懐いているという少女だ。神獣も追加されたようだが」


 ユニコーンが魔素なのか神素なのかがたっぷり含まれたハーブと花を食んでいる顔を上げ、胡乱気な表情で魔王を見た。魔王は嫌そうに微かに片眉を動かした。

 フェンリルはガツガツと山盛りの肉に顔を突っ込んでいる。


 それに、と付け加える。


「おばばや魔人が保護する少女だ。興味があるだろう」

「それはそうだね」


 ハクは心当たりがあるのか、大きく頷く。


「名乗りゃいいのにねぇ」


 人が悪いとおばば様が呆れたように言う。


「……何も知らぬ人の子が、目の前に魔王がいると知ったら恐怖であろう?」


 怪訝そうに魔王が答えた。

 人間に恐怖を持たれているという自負があるのだろう。

 見た目は、角さえなければ誰も魔族とは思わないだろう。


「騙すつもりはなかったが、怖がらせるため名乗るつもりもなかったのだ。すまなんだ」


 神妙な表情で謝られ、混乱していたエヴィがやっと我に返った。

 子どもだと思っていたため仕方がないとはいえ、かなり子ども扱いをしていたのではないかと思い至る。


(時が戻るなら、巻き戻したい……!)


「王とは存じ上げず、失礼いたしました、ですぜ!」


(ぐわーーーーーっ!!)

 テンパったせいか、思わずいつもの口癖が出てしまい慌てて口を押える。


「よいよい。こちらが敢えて告げなかったのだ。……それになかなか面白い体験であったからな。飴玉も旨かった」


 慌てるエヴィを見て魔王は、くすりと笑った。

 冷たく見える程に整い過ぎた顔が優しく変化すると、花がほころぶようである。


「あと、人を年寄り呼ばわりしないでおくれ! アタシはアンタよりずっと若いからね!」


 おばば様が嫌そうに言うと、心外そうな顔をする。


「呼び名であろう? フランソワーズ、と呼んだ方が良いのか?」


 嫌そうに顔を歪めるおばば様に魔王は首を傾げた。

 ハクは口をV字にしてニコニコしている。


「チビだもんな! 本当は十歳だったか?」


 魔人が肉に齧り付きながら煽って首を傾げた。

 魔王は横目で不快感を露わにしつつ、律儀に訂正をする。


「十万十八だ!」


(十万十八歳……)

 見た目は十万歳を引いた十八歳程に見える。魔族の年というのは解らないものだと思った。



 何だかんだ言いながら、和やかに食事会は終わりを告げた。


 お腹がいっぱいになったフェンリルはすっかり丸くなって眠りこけている。ユニコーンと魔人もお腹をパンパンに膨らませてごろりと横になっていた。


「喰った喰った!」

「ブヒフン!」


 ……旧知の仲であるのが会話の端々から察せられたが……王の御前で寝っ転がるのはどうなのだろうかとエヴィは思う。

 魔王も呆れてはいるが特に気分を害しているようでも罰する様子もないため、魔界というのは上下関係が緩いのだろうかと思いながらふたりと一頭を見た。



 食後の飲み物を楽しみながら、エヴィのこれまでの身の上話を聞かせることになった。

テーブルにはお茶にコーヒー、マールやヴィンサントなどの食後酒がそれぞれ置かれている。


 魔王は真顔で聞きながら、真顔で首を傾げた。


「そんなに酷いことされたのか……そう手間でもない故、八つ裂きにしてやろうか?」


(八つ裂きーーーーーー!?)

 誰を!? 思わずツッコミそうになりながらも、エヴィは慌てて首を振った。


「いえいえいえっ! 八つ裂かない方向でお願いいたしますっ!!」

「そうか?」


 ちょっと残念そうに言う魔王を見て、魔族っぽい(勝手なイメージ)ところもあるのだなと勝手に納得する。


 魔王はハゲワシのような執事に頷いて合図をする。

 執事は何処からか持ち出した小さな箱を、そっとエヴィの前に差し出した。


「エヴィよ。開けてみよ」


 言われるままに開けば、赤と黒が複雑に混じり合った小さい棒状の半貴石のようなものが鎮座していた。アクセサリーなどに使われる美しい宝石ではなく、お守りや素材などに使われるような類の鉱石である。


 よく見れば複雑な魔法陣が幾重にも刻まれており、石の中でうねるように動いていた。

 箱の中には綺麗な銀の鎖と、やはり何かの文様が編み込まれた組紐が入っている。石のお尻の方についている豪華で繊細な細工のバチカンに通すのだろう。


「正式な薬師見習いになったということなので祝いだ」

「これは?」

「魔界への通行証みたいなものだ」

「通行証ですか……?」


 魔王は頷く。


「魔界へは狭間の森を通って行き来することになっているが、普通の人間は森の中に入れないことになっている。それを持って入れば迷わずに森に入れる。樹の精にでも聞けば、色々教えてくれるであろう。珍しい素材など自分でも採取することが出来る筈だ」


 薬師見習いとして珍しい薬草や素材を探すために、魔族の管轄に入っても構わないというお許しなのだろう。


「勿論魔界へも好きに入ってもらって構わない。万一に備え、通行証に持ち主を悪意から守る魔法を付与しているが……慣れるまではそこにいる誰かと一緒に来るのがよいだろう」


 エヴィは碧色の瞳を瞬かせる。

 文字通り、通行証であるようだ。

 おばば様やハクを見れば、小さく頷かれた――遠慮なく受け取れということらしい。


「ありがとうございます。大切にいたします」

「おばば……薬師にして大魔法使いフランソワーズの弟子として励まれよ」

「はい。頑張ります!」


 本来なら淑女らしく、きちんと礼をとるところであるが、皆そういう間柄でもないのであろう。

 なのでエヴィは右手を力強く掲げて、ドンと薄い胸を叩いた。


 全員が微笑ましくエヴィを見たところで、食事会はお開きとなった。


******


「せっかくなので時間が許せば魔界の見物でもして行くといい」


 そう魔王ことルシファーに勧められたが。


「腹がいっぱいで歩くのも億劫だね。また後日ゆっくり来ればいいよ」


 おばば様の言葉にエヴィ以外の全員が頷いた。

 エヴィはちょっと残念に思いながらも、みんなの意見に従うことにする。土地勘もないうえ、万が一人間を快くなく思う魔族と遭遇して騒ぎになったら大変だからだ。


 せっかくの心遣いを無駄にさせてしまうようなことが起こらないよう、自らも気配りできるところはしたいと考えている。

 自分の行動が、未来の魔族と人間の関係を悪い方向へ変えることがないようにしたいと思っているからだ。


 勿論、全員がわかり合えないことは解っている。

 それでもいつか完全な断絶ではなく、交流したい者は交流を、関わらないものは関わらないでよい自由をと、好きに選択できる未来が来たら良いと思っているのは甘いのだろうか。


 少し遠くなった魔王城を見上げて、エヴィは薄く大きな繊月を見た。

 空は曇りから色を濃くし、夜が近づいているようだった。

 城下町の道々を、狐火や火の妖精達が起こした炎が照らし始めた。


「この通行証は門番さんに提示すればいいのですか? それとも身につけておくだけで良いのでしょうか?」


 取り敢えず帰る時に必要だろうかと思い、美しいバチカンの細工に合うよう銀色の鎖を通した通行証を取り出した。

 それを見た道行く魔族が目を瞠り、別の魔族は固まったままエヴィの顔を凝視した。


「人間……。魔王様の通行証……!」


 全員が跪くと、深く頭を下げる。

 エヴィはいきなり膝をついた魔族たちを見てギョッとする。


「…………? 何、ですぜい?」


 一行も互いに顔を見合わせる。


 ――通行証に持ち主を悪意から守る魔法を付与している、と言っていたが。簡易結界や反射と防衛の魔法かと思っていたが、この反応は?


「……本当に『通行証』なのかい?」

「『通行証』っていう名の別モンじゃねぇのか?」


 おばば様と魔人が通行証なる石を横目に、呆れたような顔で疑問ではない疑問を垂れる。

『ブヒヒン』と言いながらユニコーンが大きな鼻息を吹き出した。


「まあいいじゃない。安全であることは確かみたいだからね」


 ハクはふふふと笑って、広い袖で口元を隠した。


お読みいただきましてありがとうございます。

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