02 魔王城へ、いざ!
目の前には狭間の森が広がっていた。
広い森は鬱蒼と木が生茂っており、侵入するものを拒んでいるように思われる。
狭間の森だ。
昼だというのにコウモリが飛んで来ては、左から右に突っ切って行く。
樹々の間に糸を渡した蜘蛛の巣の真ん中に、大きな黄色と黒の縞々のジョロウグモが鎮座している。
「魔界への入口が探知できないよう、結界と迷いの魔法がかかっているからね。普通の人間は迷って入口に戻るようになっているんだよ」
万が一にも人が魔界にたどり着いてしまい、トラブルが起こることを回避する為だという。
辺境にあることも手伝い、不思議で不気味な森として人々に語り継がれているのだ。
「そんなこともあって、森の周辺にいるのは魔法使いか魔術師、変わり者の薬師くらいだよ」
野放図というか人の手が殆ど入らないため、薬草や野草、キノコなどが採り放題なのである。言うまでもなくエヴィも恩恵にあずかっている場所だ。
ただ奥でもっと凄いものを探そうと思っても迷ってしまい奥には入れず森から追い出されてしまう。採取はあくまでも森の手前でというのは不文律なのであった。
「結界? 迷いの魔法? を抜けることが出来るのは魔族だけなのですか?」
「魔力量によって判別しているみたいだよ」
ハクがニコニコしながら答える。
「人間でも、魔族並みに魔力がある人間は解除してすり抜ける事も出来るみたいだけど。今ではほとんどいないからね」
「理性がある魔族はまだしも、魔獣などは大丈夫なのですか?」
魔界があると言われている狭間の森だが、実際には時空間のどこかに存在する魔界。その境界線が狭間の森にあるのだという。
境界線という割に、人間界に魔獣が現れることは殆どない。
エヴィも山小屋に治療や遊びに来る魔族以外に魔界人や動物を見たことがなかった。
「その辺りは魔族の秘密なので私も詳しく解らないけどね。人界に被害が出ないように、かなり厳重に管理されているみたいだよ?」
「そうなのですか……」
何かと怖いイメージのある魔族であるが、実際は魔族たちを地上から時空間へと追いやり、そのうえ魔獣からも守ってもらっているという……何とも居心地が悪い。
「ま、魔獣はもともと魔界の魔素が原因で生まれる生物だからな。エヴィが気に病む必要はねぇ」
魔人がエヴィに向かって言った。
魔力の素ともいえる魔素。どういう原因かは解らないが、魔族が暮らす土地には魔素が濃く存在する場所があるのだという。
元々の種(魔獣)も存在するが、魔素を大量に取り込んでしまい、動物から魔獣に変化してしまうことも多いのだそうだ。
エヴィには話してはいないが、境界線近くに住まう者魔法使いとして魔力がない人が怪我などをしないよう、おばば様が魔獣除けの結界を張っているのだ。
「そうだよ。魔族が全般的に荒々しいのは事実だからねぇ。魔獣狩りをして発散させているところもあるんだろう。大丈夫だよ」
一緒について来たユニコーンとフェンリルは、珍しく静かだ。エヴィを守るかのように左右に分かれて歩いている。ロリコン駄馬でも煩い子犬だとしても、聖獣や神獣と呼ばれる存在なのであろう。
森の中は鬱蒼として薄暗い。小さな魔獣が息を潜めて一行を窺っている気配がした。
魔王城までの道を示すように、樹々が左右に割れて道を作り出す。エヴィは、まるで自我があるかのように揺れ動く樹々達を見比べた。
木の枝にとまるフクロウやコウモリ、カラスたちの瞳が光り、ぼんやりと闇に浮かぶキノコが足元を照らしている。
そんな中でもおばば様も魔人もハクも、全く気に留めることもなく足を進める。
エヴィは気味が悪いと思いつつも、三人と二頭がいるので恐怖は感じなかった。
しばらく歩くと、急に視界が開けた。エヴィは大きく首を上下左右に動かして周囲を確認する。
空は暗雲が厚く垂れこめており、遥か遠く微かに光る繊月の輪郭が確認できた。そんな薄暗く霧がかった先に、高く大きな建物から妖しく光が漏れては揺れている。
細く長い岩の道が続いており、その先に切り立つ崖のような鋭い岩が根のように見えた。
(……島が浮いてる?)
エヴィは瞳をこらす。
それは尖塔屋根が幾つもそびえる城が乗った小島だった。
「あれが魔王城だよ」
おばば様がそう言うと、城から沢山のコウモリが飛び立った。まるで夜空にも見える天空に、黒い影が見える。
(鳥……?)
どんどんと近づいて来るそれを指差す。絹を引き裂くような声と、見たこともない奇妙な姿の大きな鳥が近づいて来る。
「あれは何でしょうか、だぜい?」
「お迎えだね」
おばば様の言葉に、魔人とハクが顔を見合わせた。
「迎えを寄越すなんざ珍しいな」
「エヴィがいるからじゃないかな」
仏頂面とニコニコ顔が奇妙な鳥とエヴィを交互に見つめる。
『キエーーーーーーッ!!』
あっという間に近くまで来た鳥は、鳴き声も身体もかなり大きかった。五、六メートルはあるだろうか。
小さな顔に大きすぎる目。片方は下を、片方は上を向いている。そして大きな脚には立派過ぎる爪がついていた。
上空で様子を確認するように羽を羽ばたかせたまま様子を窺っているが、強い風が起こり全員の髪が頬を叩きつけた。
エヴィは砂埃が目に入らないよう腕で顔を隠す。
危うく強風に飛ばされそうになったフェンリルを、ユニコーンが咥えてぶら下げた。
「悪いが見ての通り大所帯でね! 勝手に行かせて貰うよ!」
『キエーーーーーーッ?』
奇妙な鳥に向かい大きな声で断ると、おばば様がパチン! と指を鳴らした。
一瞬の瞬きの後瞳を開けば、そこは謁見の広間であった。
赤く細長い絨毯の先には、玉座がある。その玉座に長い足を組んで頬杖をつく青年が、ぞんざいな様子で座っていた。
蝋燭の揺れる光の中、いきなり現れた集団に驚きもせず口の端を片方上げては鼻を鳴らした。
「おばばよ、相変わらずせっかちだな」
青年は黒髪の白皙の美しい青年であった。
……耳の上から伸びる大きな黒い角が、だいぶ物騒そうな以外は。




