25 薬師見習いになりました(正式)・後編
第一章完結です。
お読みいただきましてありがとうございました(^^)
おばば様から出された課題は、よく使用される内服薬と外用薬の中からひとつずつ選び、教科書通りに作るというものと、同じ症状への薬を道具を使わずに自分の出来る方法で作るというものだった。
多数使用される薬は、調合もそう混み入っていないものが多い。他の薬師もこういった薬品から調合を始めることが殆どだろう。また日常的に使うことが多い分、あたりまえだが調合の回数も多くなる。
手に馴染んだ調合という訳だ。
内服薬と言っても頭痛薬(解熱)、止瀉薬、気付けに咳止め……etcと多岐に渡る。外用薬も然り。
薬草の調達から扱い、そして完成までをひとりで行なう。
――素材の調達と扱いに関しては問題ない。危険のない所で採取をしたり洗浄や乾燥などは、エヴィが覚えたいからとお願いをして殆どをやらせてもらっている。
教科書通りに作るのは千切り機や自動かまどを使用できるので、エヴィにも作ることが出来るだろう。問題は道具を使わずに自力で作る方だ。
(自分で出来る方法と明言して下さっているってことは、乾燥させたり潰したり、煮込まないでも出来るものってことよね……)
乾燥した素材や、お酒や油に入れて薬効成分を長時間抽出する必要があるものは完成に時間がかかるため、おばば様の薬棚にあるものを使用してよいことになっていた。
勿論それらの仕込みはひと通り行なったことはある。
(自力で出来る薬の方を決めてから、教科書通りに作るお薬を決めるべきですわね)
切るも煮るも、両方使わない方法というのはそれなりに絞られるだろう。勿論普通の道具や器具を使うなら、切っても煮ても構わない。
切る……はゆっくりなら何とか出来るかもしれない。煮るもサッと煮る、程度なら焦げ付きも吹きこぼれもなく可能かもしれない(?)
様々な方法を頭の中でシミュレーションし、考える。
(ハク様に教わった漢方の考え方や方法も参考にして……)
手伝いたいが手伝えないユニコーンは、鼻息控え目でエヴィを見守っている。
試作品を作る足元を走り回るフェンリルは、エヴィ以外の全員に注意をされて静かになった。小さいので無邪気なところが多い神獣であるものの、知能はそれなりなので話せば理解出来るのだ。
考え疲れたり休憩時、気分転換にふわふわの被毛を差し出しては、エヴィに存分にもふもふ撫でさせている。
エヴィは、咳止め薬とあかぎれなど手荒れ改善の塗り薬を作ることに決めた。
これからの時期、多く要り用になるだろうから、試験用の試作品とはいえ役に立つかもしれないという考えもある。それに素材の下ごしらえにそれほど緻密さが必要ではないというところも大きかった。
素材も一つ一つ吟味して選び、ガマガエルにお願いをして脂を分けてもらい、丁寧に洗浄をしてその日を迎えた。
******
「じゃあ、始めるよ」
「はい」
エヴィとユニコーン、なぜだかフェンリルも緊張感を漂わせているが、それ以外の者たちはまったりとエヴィの作業を眺めていた。
気負わずとも、充分に作成可能なことを知っているからである。
あれだけ毎日反復練習をし、本を読み、実践を繰り返しているのだ。幾ら実技の部分で不器用とはいえ、身体が覚えているだろう。
ハクはニコニコ顔でエヴィの真剣な様子を眺めている。
今日は特別に家に入れてもらっているユニコーンが、蹄で鼻面を押えては、隣でハラハラと見守っている。
――対比が凄い。
「可愛らしいね。全てに全力投球なんだもの――色々と教えてあげたくなっちゃうなぁ」
おばば様と魔人が嫌そうに眉を顰めた。
「漢方の処方に関することは構わないけど、魔法はナシだよ」
「ブヒン……」
今にもひきつけを起こしそうなユニコーンの声に視線を戻せば、エヴィがサクサクと道具を使った方法で調合を進めている。
一定の大きさの葉を千切り機で刻み、自動かまどに掛けた鍋に順番に加えて行くだけだ。
時折かき混ぜて様子を確認すれば、問題なく調合終了である。零れないロートで容器へ入れる。
大きな問題もなく、咳止め薬と手荒れの薬の両方が完成した。
予想通り、魔道具を使わない方に多くの時間を割くことにしたようだ。
咳止めとひと口に言っても、複数のレシピが存在する。手慣れた薬師は自分なりのアレンジを加え、多数のオリジナルレシピも存在する。細かく揃えた方が品質が安定するが、それが絶対という訳でもない。変えても問題がないところも多く、思わぬ効果をもたらす場合もあるのだ。
その辺りは料理にも似ているだろうか。
エヴィは薬草を千切ると、すり鉢に入れてゴリゴリと摺り下ろす。乾燥して細かくした薬草、油に漬け込んで薬効成分を抽出したものなどを慎重に加えて混ぜていた。
零したものは素早く布巾で拭く。そして動揺しないようにか大丈夫、とエヴィの口元が動いた。
「……意外に淀みないな。スプーンで掬うものが多いから、失敗も少ない」
「逐一、こういう使い方は出来るのか、こうしたらどうなるのかって確認しながら覚えて来たからね」
元々が職人気質というか、研究者気質なのだろう。
手際がいいかと言われたら、決してスムーズとはいえないだろう。たどたどしく、零したり倒したりしないようにゆっくりと作業している。
目の粗い布で濾し、丁寧に絞り取っては慎重に容器に注ぐ。
エヴィは詰めていた息を大きく吐いて微笑んだ。
「……出来ました……!」
******
おばば様が厳しい表情で品質を確認する。道具を使い教科書通りに作る方は見るまでもないが、それでもしっかりと色味に匂い、味にと確認して行く。
ハクも東の国の薬師としてそれぞれを検分する。
同じように見た目や色、味や塗り心地といった二種類の薬の使い心地を確認する。
「……問題ないね。いい出来だ」
包丁も火も極力使わないレシピは、より慎重に厳しくチェックする。
品質は問題ないものだが、やはりどうしても、手際という点で難ありと評価されてしまうだろう。自分の家でゆっくり調合するのなら問題ないが、プロの薬師となった際、時には緊急事態に対応し手際よく作業することが求められるからだ。
だが、初めの頃に比べれば、格段の進歩である。
それを知る身としては、非常に感慨深い。失敗しても慌てないところも、自分に出来るものに置き換えて確実に作業するところも。
ゆっくりとだが、確実に成長している。
「合格だよ」
おばば様の言葉に、エヴィは碧色の瞳を瞬かせた。流派は違えど同じ薬師であるハクを見れば、優しい笑顔で頷かれた。
「やりました! 合格ですっ!」
「ブヒン!ブヒヒヒヒーン!」
「わんわん! わんわん!」
弾けるような笑顔と共に、ユニコーンとフェンリルが踊るように足踏みしたり走り回ったりと騒がしい。
「これで正真正銘、ちゃんとした『薬師見習い』ですね! ですぜ!」
「見習いに認定されてそんなに喜ぶ人間はいやぁしないよ」
おばば様は呆れたようにため息をついた。そして付け加える。
「手際を除けば、薬師と名乗ったって問題ないよ」
「大体、他の魔法使いの奴らも魔法を使ったり魔道具を使ったりして調合しているから、エヴィが使ったところで問題ねぇんだけどな」
「まったくだよ」
おばば様と魔人が、頑固なエヴィに苦笑いをする。
魔力がその人の能力であるように、道具を考えて便利に使うことも、使い魔めいたユニコーンが薬品の品質を爆上げすることも、その者が持つ特色のひとつであると思うのだが。
魔道具は認められた道具だし、契約した不思議な存在の力を使って術を発動させる魔術師は力がないなんて、誰も思わないだろうに。
エヴィにしてみれば、薬師を名乗るのならば、きちんと出来る筈のことがクリア出来て初めて名乗るものだと思っている。
薬師は医師ではないものの、時に命を預かることもある立場だ。
そんなシリアスな場面に出会うことなどそうそうないが、それでも出来る筈のことが出来ないで名乗ることはエヴィには出来ない。道具に頼らずに人並みに出来るようになって、初めて名乗って良いものであると考えている。
そんなんじゃ、何年先になったら名乗れるか解ったもんじゃないと思うおばば様と魔人だが、本人が良いなら今のところは仕方がないであろう。
「良かったね、エヴィ。立派な薬師見習いだよ」
「はい!」
微笑みながら努力を称えるハクに、エヴィは輝くような満面の笑顔を向けた。
お読みいただきましてありがとうございます。
第二章は9/22(金)開始です。
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