23 フェンリルさんこんにちは・中編
「一体、何を拾ったんだか……」
山鳥を肩に担いだ魔人がユニコーンにせっつかれながら飛行している。にょろろんとした足を風車のように旋回させており、その隣をユニコーンが爆走していた。
いきなり獲物に狙いを定めていた魔人の側にやって来ては、エヴィが拾い物をしたから、とにかく早く来いと言ってきかなかったのだ。
冬眠前の小さな生き物たちが、木陰や葉陰から何事かと覗いている。
そうかからずに、道の先にエヴィの姿が見えた。両腕に抱えるくらいの毛玉を文字通り抱えており、その周りを守護するかのように精霊が飛び回っている。
エヴィ自身には何事もなかったようで、取り敢えず小さく息を吐いた。
「大丈夫か?」
「魔人さん! 子犬が……!」
焦った様子のエヴィの腕の中にいるのはフェンリルの子どもだった。
ユニコーンを見れば、前脚の蹄を合わせて詫びている。エヴィのもとに一刻も早く帰りたくて焦っており、詳しい説明を省いたことを謝られた。
「…………。それ、犬じゃないぞ」
「え?」
己の腕の中の子犬を見遣る。ふわふわの体毛が綿毛のようだ。
黄金色の体毛を持つキツネでもないし、茶色く愛嬌のあるタヌキでもない。
(犬じゃないなら、オオカミ?)
エヴィは森に居る『犬に似た生き物』を頭の中で網羅する。
オオカミだったらちょっと怖いかもしれないが、怪我をしている子を放って置く事も出来ない。
「一度おばば様に診てもらってもいいですか? 怪我で血が沢山出たみたいなのです」
「……多分、すぐ治ると思うがなぁ」
何せ神獣であるため、多少の怪我などなんてことはない。幼体のようなのでちょっとドジったようだが、すぐに治るだろう。
とはいえ、見た目には無防備な子犬が怪我をしているように見える訳で。治療をしないまま置いていけと言ったら大いに悲しむに違いない。
(まー、妖怪やどこぞの魔物に比べれば危険でもないか……)
「怪我の治療だけだぞ? 飼わないからな?」
既に勝手にユニコーンが一頭、厄介な狐の妖怪が一匹居ついているのだ。これ以上生き物(?)は禁止である。
ユニコーンにしてみれば、たまにエヴィにお菓子を貰うものの、普段は勝手に花やハーブを森の奥で食べる自給自足生活である。なぜわざわざ森の奥かと言えば、庭先の薬草園の花や葉を食べたらおばば様に馬刺しにされかねないからだ。
ハクに至っては近所に住居を構えており、何の世話にもなっていないと憤慨しそうである。
「ありがとうございます!」
エヴィは心の底から礼を言うと、しっかりと子犬……のようなものを抱きかかえ直した。
ユニコーンはほっとしながらキノコが入った籠を角にひっかけ、パカポコと蹄を鳴らしてエヴィの後ろを歩き出す。
魔人は再び小さくため息をついて、しっぽのような足をゆっくりと動かした。
******
山小屋へ帰れば、おばば様がエヴィの腕の中の生き物に気づいて微妙な表情をする。
「それ、フェンリルじゃないのかい?」
一体どこで拾って来たのかとため息をつく。
「ふぇんりる?」
子犬改めオオカミかと思っていた生き物は、フェンリルだという。
「フェンリルって、本当にいるんですか?」
幻の神獣と言われる存在であるが……エヴィは自分で言っておきながら、よく遊びに来る魔族の子ども達や九尾のキツネであるハクを思い出した。
更には目の前のユニコーンと魔人、魔法使いであるおばば様を見て考えを改める。
「…………。いる、かもしれませんね?」
ソファの上にそっと降ろすと、おばば様が注意深く怪我の状態を確認する。
「やっぱりフェンリルの幼体だね。ちょっと深い傷だけど、神獣なら問題ないよ。傷口を洗ってポーションでもかけてやればいいだろう」
現在山小屋にはエヴィとユニコーンによるポーションが山のように積んである。
大きな戦争なども無いため大量に必要になることもないので、値崩れを起こさないようにギルドや薬局へは少しずつ卸すことにしているのだ。
おばば様に言われた通り慎重に傷口を洗い清めると、ポーションを瓶一本分かける。傷はみるみるうちに塞がり、それに合わせて呼吸も落ち着いていく。
三人と一頭は、いつの間にか詰めていた息を大きく吐き出した。
「ポーションって、こんなに早く治るものなんですね」
「その子が神獣だからだよ。回復力が強いのさ」
普通の人間や動物が使っても、使用したポーションではここまでたちどころに回復はしないであろう。
フェンリルの子はゆっくりと瞳を開くと、覗き込む三人を交互に見た。
ゆっくり身体を起こし、傷があった場所をひと舐めすると、首を傾げて勢いよく立ち上がる。
『わん!』
ふさふさのまだ小さいしっぽをブンブン振って、元気にひと鳴きした。




