23 フェンリルさんこんにちは・前編
おばば様に確認を取ってからのハクの行動は早かった。
元々誰の土地でもないので確認も了承もとる必要がないのだが、変なところが律儀な白狐らしい。
袂のアイテムボックスから大きな資材を幾つも引き出すと、手伝いに来たキツネたちが資材を手に、次々と組み立てていく。
大人のキツネの中には人に変身出来る個体もいて、エヴィを心配して様子を見に来ていた子もいるのだろう、何人かがぺこりとエヴィに頭を下げた。
――キツネが変身するというのは本当のようだ。
「……テントですか?」
「ゲルと呼ばれる、東の国に近い国の遊牧民が使う移動式住居だよ」
他にも幾つかの国で使われており、国によって『ユルタ』『ユルト』『パオ』などと呼ばれているのだと教えてくれた。
様々な形の木枠や帆布、保温のためのフェルト、ロープなどがどんどん円形の家に変化していく。確かにテントに比べてしっかりとした構造になるようだ。
壁を作るべく、木材が規則正しく組まれていく。
「真冬は寒くないのですか?」
「暖を取る方法はいろいろあるみたいだけど、それそこは妖力で何とかなるからね」
「なるほど、ですぜ?」
人数が多かったからか、一時間も掛からずにゲルが出来上がった。
木製の扉がついており、表面の帆布には繊細な刺繍が施されている。
中は想像よりも広く、円形の室内に調度品やベッドなどが程よく収まっている。西の国と東方の国々の雰囲気が混じり合った室内は、不思議と調和がとれており、色々な文化を吸収し楽しんでいるハクを表してるかのようであった。
明るい室内にふと天上を見上げれば、丸い天窓がついていた。
「あの窓から星が良く見えるんだよ」
「凄い! 星を見ながら眠るなんて、とても素敵ですね!」
満天の星空を想像したのだろう、瞳をキラキラさせるエヴィにハクが微笑んだ。
「さあ、お茶にしようか。勿論フランソワーズも魔人も一緒にね」
「はい」
「ブヒヒン」
「……勿論君もどうぞ」
前脚で自分の鼻面を指し示すユニコーンに、ハクはしっぽを左右に揺らしながら答えた。
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そんな様々な事が時と一緒に流れていく。
季節はゆっくりと、だけれども確実に進んでいる。いつの間にか晩秋を過ぎて、初冬を迎えようとしている。
相変わらずおばば様は薬師兼占い師をしており、魔人は忙しく家事をこなしている。
一応『ランプチャームの魔人』という名前を持つ彼だが、王城でエヴィの胸元に光っていたペンダントがあった数年以外、魔人がランプチャームに入っているところを見たことがないのはなぜか。
ある日突然エヴィの前に現れたハクは、ふさふさのしっぽを持つ九尾の狐で、おばば様と魔人の昔馴染みだ。
銀糸のような髪と耳、そして雪のように白く陶器のような滑らかな肌を持つ白狐だ。
中性的で非常に見目麗しい彼であるが、東の大陸の更に先にある島国『東の国』の大妖なのだそうだ。非常に強い妖力を持つという。
山に暮らすキツネたちに慕われているようで、道で出会うと数匹の子ギツネに囲まれていることが多く、強いあやかしというよりも柔和な青年というイメージの方が強い。
そして何より、特筆すべきは魔界との境界線だと言われる狭間の森近くで出会ったユニコーンだろう。彼はお伽噺で聞いていたような、神秘的で美しいユニコーンとは全く違う存在であった。
……時に、気持ち悪い程に鼻息をブヒンブヒンさせながら表情豊かにエヴィに纏わりついている。
狭間の森に近い場所に住んでいた筈が、やはり突然山小屋にやってきては庭先に住み着いている有様だ。
それでもエヴィが困った時にはすぐさま駆けつけて庇ってくれる、今では掛け替えのない友人のひとり……ならぬ一頭である。
時折おばば様の診察を受けに来る魔族はみんな良い人達で、オークの頭領息子だという青年の突撃に心を痛め、慰めてくれた。
頻繁に遊びに来る魔族の子ども達は見た目はワイルドであるが素直で愛らしく、エヴィの満たされなかった子ども時代を癒すかのように寄り添ってくれている。
(何だかすっかり不思議な存在と言われる方々に囲まれている気がしますわね。だぜい)
この数か月、関わった『人間』は数えるほどだ。
けれども全く嫌ではなく、エヴィなりに不思議な辺境暮らしを楽しんでいるのだった。
「これは食べれるキノコでしたっけ? ですぜ?」
「ブヒヒン!」
エヴィは狩りに勤しむ魔人を待つ間、冬キノコを探し山道を歩いている。
ひとりで歩いているよりは安全だろうと護衛としてユニコーンが隣を歩いているが、なぜだか毒キノコばかりを取ろうとするエヴィに危機感を抱いていた。
ユニコーンのアイデンティティをも言える美しい角で枯葉を払う。
エヴィのためならばアイデンティティなど後ろ脚で蹴飛ばす心意気なのだ。
すぐさま軸のずんぐりとした可愛らしい形状のキノコを見つけ、エヴィに鼻先で示す。
「まぁ! シュタインピルツではありませんか!」
ポルチーニ茸の一種であるシュタインピルツは、生のままサラダとしても食べられるキノコだ。とても香りが良く、なかなかの高級品でもある。
凄いと褒められて気をよくしたユニコーンは、鼻息荒くドヤ顔をした。
――しかし、エヴィはキノコの名前を良く知っている筈(図鑑で覚えているからだ)なのに、毒キノコばかり選択しようとするのは何故かと疑問が尽きないユニコーンであった。
山道をさらに進むと、小さな光の粒が急かされているかのように一直線に飛んで来る。
いつかの舞うような楽し気な様子とは違い、何かに駆り立てられているかのようだ。
『エヴィ! 探してる? 探してるの?』
『こっちこっち!』
『探しているのはキノコだよ』
『違うよ』
『違わないよ?』
小さな光がエヴィとユニコーンの周りを飛び回る。森に住む精霊たちだ。
いつも以上に騒がしく話す精霊の声に、ユニコーンが落ち着かないそぶりを見せたことを、エヴィは見逃さなかった。
「どうしたの?」
『探してないよ。でも助けてあげて』
『大変なの!』
「大変? 助ける?」
『こっち、こっち!』
急かされるままに進むと、道の端にこんもりと盛り上がった小さな塊があるのが目に入る。その周囲を小さな光が何かを確かめるかのように舞っていた。
(何かしら……)
近づいて覗き込めば、小さな子犬だった。
怪我をしているのか所々血が滲んでおり、苦しそうに浅い息を繰り返している。
「大きな獣にでもやられたのかしら」
エヴィはしゃがみ込むと、子犬を驚かせないように声をかけながら、傷の場所を探した。
「ちょっと触るね? 大丈夫よ、痛いことはしないわ」
子犬は首をもたげてエヴィを見た。安心させるように優しく微笑む。
力尽きたように首を降ろすと、再び子犬は荒い息のままで目を瞑った。
注意深く確認すると、左の前脚に大きな傷があるのが見えた。他の動物に悟られないよう怪我を隠す為なのだろう、左側を下に倒れているためゆっくりと抱き上げて反対側にする。
「山小屋に帰ってちゃんと手当をしないと……」
近くには水場すらない。本来は傷口を洗浄したいが、仕方なくエヴィは自作の傷薬を手巾に塗り広げ、子犬の傷に押し当てた。
そそっかしく草の葉などで指先を怪我した場合に備えて持っていた傷薬だ。
素材をかき混ぜる際にユニコーンの角でかき混ぜてくれたものなので、普通のものよりも効きが良い筈である。
「ユニコーン、魔人さんを探して来てくれる? なるべく早く山小屋に連れて帰らないと」
「ヒヒン!」
ユニコーンは待っていろとばかりに頷くと、顔を上げ周囲を確認する。魔人の魔力を確認し居場所を確認しているのだろう。
そして滑るように走り出した。
『大丈夫?』
『痛いの、直る?』
『怖がってる。とっても』
光の粒たちはクルクルとエヴィと子犬の周りを回っている。
「大丈夫よ。おばば様に診て貰うわ」
『おばば、怖い』
『おばば! シワシワ!!』
そう言ってクルクルと回り続ける精霊たちに苦笑いをしてから、小さな子犬の頭を優しく撫でた。




