20 やってみよう!
「風よ、衝撃を。『ウィンドショック』!!」
エヴィは炎に向かって魔力を放出した。
ウィンドショックは風魔法の初歩の初歩で、空気の塊を動かして対象物にぶつけるものであるが。
先日、極小さな魔力量に爆上がりしたエヴィ。
教科書ともいえる『初級魔術と魔法の説明書』を読んで数か月。
毎日気絶するまで訓練したことと、努力している潜在能力を増やすという不思議な実を食べた事で見事開花したといえる。
その力がどんなものか、お披露目中なのであるが……
物体を動かすよりも炎のほうがわかり易いだろうと、使い込まれたテーブルの上には蝋燭の炎が揺れていた。大きいよりも小さい方が消えやすいだろうと、その大きさは極限まで絞られた小さな火だ。
「全く消える気がしねぇな」
魔人はエヴィと蝋燭を見比べては太い眉を顰めた。
「『消す』のは大変なのかもね。薄い紙を吊るして動かす方がわかり易いんじゃないかな」
今日も当然のように遊びに来ているハクが、おばば様と魔人を交互に見る。
本日は藍染めの着物に深い茄子紺色の袴を合わせている。純白の髪と耳、しっぽが映えて大変美しい出で立ちだ。
「ブヒヒン!」
ユニコーンも窓の外から見守っている。
「エヴィ、大きく動くと紙が揺れるから変なアクションはつけないでおくれよ」
おばば様が念を押すので、エヴィはこっくりと頷いた。
山小屋に存在する中で一番薄くて軽い紙が、糸を使い天上から吊り下げられた。おばば様は万が一にも隙間風がうっすい紙を動かしてしまわないよう、周囲に魔法で防御壁を張る。
紙が静止するのを待ち、魔人が気遣わし気に確認する。
「魔力は大丈夫そうか?」
「大丈夫ですぜい?」
いつもは一発で眠くなる(気絶する)筈だが、今日は既に五回行なってもピンピンしている。
「……人に見られているから、魔力を放出してねぇのかもな」
「エヴィ、魔力の循環を意識してごらんよ」
「はい……ですが私、魔力の循環を感じられないのです」
困ったようなエヴィの言葉に、三人は頷く。
「だろうね。如何せん極微細だからねぇ」
ハクの言葉におばば様と魔人が再び頷いた。
何処にあるのか解らない砂一粒を探せと言ったところで、すぐさま見つけられるものでもないのである。
「じゃあとにかく集中して、身体の中にある『気』みてぇなのをかき集めて、指から押し出すような感じでやってみろ」
「わかりました」
エヴィはキリリと、眉を上げて返事をした。
(いつもみたいに、集中して……)
全く感じられない魔力が身体を循環しているようイメージする。
そしてハクから教わった東の国の集中方法で、おヘソ下にある丹田と言う場所に『気』が集中することを意識した。
厳密には違うものの、『気』と『魔力』はよく似ているのだそうだ。
身体を巡っている魔力を丹田に集めどんどん増えていくイメージをしては、一気に指先から放出する。
「風よ、衝撃を。『ウィンドショック』!!」
エヴィはなるべく身体を動かさないように、指先に力を込めて押し出す。
四人と一頭の緊張感が、最高潮に達した。
……シーーーーーーン……
文字通り息が詰まる程の静けさの中、全員が息を止めた。窓の外でガラスに阻まれている筈のユニコーンまでが、蹄で鼻を押えこむ。
そよりと、八秒ほどして小さく小さく、紙が動いた。
極微量の魔力の流れを感じたため、多分成功である。
「ちっさ! だけども動いたな!」
「おっそ! でも動いたじゃないか!」
「出来ました!」
エヴィは輝くような笑顔でおばば様と魔人とハイタッチした。
「攻撃魔法としては全く役に立たないけど。使えたね、魔法」
ハクが金色の瞳を優しく細めて褒め(?)る。
「はい!」
ハクの言う通り全くもって何の役にも立たないレベルの魔力ではあるが。大きな一歩である。
そしてエヴィ以外の全員が、何も役に立たないレベルの方が安心である……と思ったとか思わなかったとか……
同時に、魔法陣を使って魔力を増幅させれば多少なりとももう少しマシなものになると思ったが――所謂、技術を使って魔法を使う『魔術』であるが――どんな危険を呼び起こすのか予想もつかないことから、言ってはいけないと心に誓った三人と一頭であった。
「…………。眠いですぅ、ですぜ……」
三人と一頭がそんなことを思っているとは露知らず、ヘラリと笑いながらエヴィは碧色の瞳を半開きにして椅子に座りこむ。
「おっと!」
ユニコーンは窓の外白い顔を青褪めさせ、長い馬面を蹄で押えつけた。
おばば様と魔人が身体を打たないように素早く魔法をかけようとしたところで、隣にいたハクが急いで腕を伸ばして抱き留めた。
横抱きに抱き上げると、近くのソファに優しくおろす。
喜びに頬を紅潮させながら顔をこれでもかと緩ませて気絶するエヴィを見て、困ったように微笑んだ。
「はあ……クッソ危ねぇな!」
「魔力切れだね」
「ヒン……ッ!」
見守っていたふたりと一頭もホッとして大きく息を吐いた。
「喜んでいるエヴィには悪いけど、気を付けないといけないね」
素直に喜んであげられない罪悪感を抱きながらも、三人と一頭は大きく頷いたのであった。




