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17 魔族のお友達

「エヴィ、遊ぼ~」

「皆さん、こんにちわですぜ」


 エヴィが薬草園を手入れしていると、魔族の子どもたちがやって来た。

作業の手を止め、子ども達に笑顔で挨拶をする。


 一時期、エヴィが人間だということで溝が出来てしまったのだが……変わらず腐らず真心を込めて付き合いを続けた来たことに加え、ハクやオークらの口添えもあってか、今では元通り良好な関係を築いていた。


「あれ~、なんでユニコーンがいるの?」

「本当だ! ユニコーンだ!!」

「ブヒヒン……」


 興味津々な魔族の子ども達に囲まれ、しっぽがクッタリと垂れさがり、ちょっと迷惑そうな顔をしている。


 先日突然山小屋へと姿を現したユニコーンだったが、全く帰る素振りを見せずに家の中に居座っていた。

 大きな身体で邪魔だとおばば様に怒鳴られ、渋々庭へ出たのだが。そのまま庭に居座り続け、早数日が経過している。


「エヴィ、これ運ぶの?」


 ミノタウロスの男の子がエヴィに尋ねた。

 仕事が終わったら遊べるという認識の子どもたちは、率先してお手伝いをしてくれるのだ。


「後で薬作りに使うので、洗って水を切って置いておくの。だぜい」

「じゃあ手分けして洗っちゃおうよ」


 ハーピーの男の子が言うと、数名の子どもたちが我先にと井戸の周りに陣取り洗い始めた。


「みんな、どうもありがとう」


 子どもたちは手早く薬草を水洗いすると、丁寧に水を切ってざるに広げる。


 子ども達に絡まれるのが面倒なユニコーンは遠巻きに、薬草を洗浄するエヴィと子どもたちを見ていたが、子どもがひとり輪には入らず庭の植物を観察している事に気づいた。

 そして、その横顔を見ては勢いよく二度見した。


「ブッフン!?」

「……子ども達を見守っているだけだ」


 黒髪に赤い瞳の男の子である。


「ブフッ、ブフフン!」

「煩いなぁ。お前だって人のことを言えたギリか?」

「……ブフゥ……」


 ユニコーンは横目で男の子を見遣る。

 男の子は眉を顰めながら、小さく舌打ちをした。


******


 子ども時代、小さな子どもと遊んだことがないエヴィは今現在、追体験をしているような不思議な感覚を味わっていた。


 山小屋におもちゃや遊具があるはずはなく、遊ぶのはもっぱら身体を使った遊びだ。かけっこ、かくれんぼに、鬼ごっこ。

 元々身体能力の高い魔族の子ども達を相手に走り回るのは、かなりの運動量だ。

 うっすらと汗の滲んだ額に手をやると、畑の近くでツンデレの男の子と、ちょっとキモチ悪いユニコーンが座りこんでいるのが目に入った。



「みんなと一緒に遊ばないの?」


 息を弾ませたエヴィを見て小さく首を振る。


「子ども達に危険がないように見ているだけだ。こちらは気にせず子ども達と遊んでやってくれ」


 まるで大人のような口ぶりの男の子に、エヴィは苦笑いをした。


「一緒に遊んだら楽しいよ?」


 エヴィの言葉を聞いたユニコーンが、目線だけ横へずらして様子を窺っている。


「いや、大丈夫だ。それならユニコーンを誘ってやってくれ」


 エヴィを気に入っていると解かりまくりのユニコーンに水を向ける。


「ブフ、ブフフンッ!!」


 ユニコーンも小さな子どもたちの相手は面倒なのだろう、己の方を向いたエヴィに大きく首を横に振った。


 子ども達が自分たちの方へ向かって来るのを見て頃合いと判断したのだろう。男の子は立ち上がると近づいて来た子ども達に声をかける。


「さあ、そろそろ帰るぞ。エヴィも仕事があるだろう。人間の大人はいつまでも遊んでばかりもいられないんだ」


 えー、と言いながらも素直な子ども達は、親切にしてくれるエヴィの邪魔をするのは本意でないと帰り支度を始める。


「エヴィ、これあげる。薬草」

「私は鉱石」

「これは魔界の珍しいお花!」


 言いながら差し出された顔のような模様のある花と黒い葉っぱを見て、エヴィは碧色の瞳を瞬かせた。


「ブフゥ」


 ユニコーンは花を見てたじろいだように二、三歩後ずさった。


「これをやろう」


 ツンデレの男の子が不思議な実のようなものを差し出した。


 大きな丸い蕾のようでもあるそれは、ほのかに光っている。乳白色でつるりとしたそれは、実というよりも半貴石のようにも見えた。


「……これは何ですか? だぜい?」

「天界にある実だ。見た目はアレだが甘くて旨い。人にも毒ではないので大丈夫だ」


 そう説明すると、エヴィの小さな手にそっと実を乗せた。

 口ぶりとは違って優しい対応に、無意識に頬が緩む。


「どうもありがとう」


 笑顔で礼を言うエヴィを見て、男の子は微かに頬を染めたままぶっきらぼうに頷いてはそのまま俯いた。


******


「へ~。彼がねぇ」


 日課の如くお茶の時間にやって来たハクがしみじみと感慨深そうな声で言った。

 今日は子ギツネも一緒に来て、大人しく話に耳をすましている。


 ハクいわく、大勢の魔族の出入りが頻繁になった為、怖がってなかなか山小屋の近くに来れないのだそうだ。

 エヴィは存分に撫でてやると、甘いリンゴを小さく切って皿に盛って差し出した。


「しかし、何の実なんだ?」


 魔人はエヴィが貰ったという実を見ては、訝しむように実を指でつついた。


「黄泉の国の食いもんじゃねぇんだろうな?」

「……流石に本人の了解もなしに、そんな物騒なものを食わせる訳がないんじゃないかい」


 おばば様によると、黄泉の国の食べ物を食べるとその数の分だけ死者の国に居ないといけないのだと説明され、エヴィは顔を青くした。


 小さな子ども達は悪気なく、自分が食べて美味しいものを食べさせようと持参するかもしれない。

 それが、場合によっては人間に向かない可能性もあるのだ。


 食べ物は必ずおばば様たちに確認をとってから食べると心に誓う。


「まあ、子ども達は子ども達で気を付けているんじゃないかい?」


 今までも度々お土産を持参してくれたが、全てエヴィに害がないものばかりだった。

 きっと人間が触れても差し支えないものに加え、エヴィがなかなか見つけられないだろうものを選別して持参しているのだと推測できた。

 

 それは狭間の森の奥深くや、時には魔界など、おおよそ人間が足を踏み入れないだろう場所にあるものばかりだったからだ。


 現に今回も、かなり貴重な薬草や鉱石だと三人が感心する。窓の外でユニコーンも頷いた。


 家の中だとエヴィにひっ絡まって煩いので、すっかり締め出されており、ユニコーンは窓から覗き込んでいるのだった。


 話を戻すようにハクが実を手のひらに乗せ、まじまじと観察する。


「天界の果物のひとつだよ。食べると努力している潜在能力がちょっとだけあがるらしいのだけど、魔力に反応するからね……普通の人間には大して役に立たない、美味しいだけの食べ物だよ」


 その効果のため、天界の住人や魔族に人気がある果物なのだそうだ。

 天界の住人というのは、所謂神や天使という存在なのだろうかと心の中で疑問を投げかけるが、口には出さなかった。


 ……一見夢のあるお話しではあるが、聞いて万が一にも天界の住人という人々とまで関わり合いになったら、頭と心が追い付かなさそうだから。


 とにかく不愛想な男の子は、人間が食べても問題がないものを持ってきてくれたのだろう。

 魔族とて毒は毒なのだが、どうしたってか弱い人間の方が耐性が少ないため、食べられないものが多いのだという。


「なら、家事能力の向上だね」

「家事能力の向上一択だな!」


 潜在能力の向上と聞き、おばば様と魔人が口を揃える。

 本来なら怒るところである筈だが、恥ずかしながらエヴィも同意である……


「残念ながら、人には効果がないけどね」


 ハクは耳をぺったりと頭につけると、苦笑いをして果物をエヴィに手渡した。


 子ギツネはいつの間にかすっかりリンゴを食べ終えると、満足そうにハクの足元に丸くなった。


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